美味しいおもちを焼きましょう。



案外、人というのは自分自身のことをよく知らないまま生きているものなんだなと思う。自分の中にこんなにも幼稚な感情があったなんて、俺は太一に出会うまで知らなかった。
気づいてしまうとそれはとても厄介だ。
今まで名前をつけてこなかった感情の一つ一つが、いとも簡単に正体を明かしていってしまう。少し乱暴にまとめると、それらは全て「嫉妬」という単語で説明できた。



「それでね、その合宿がまたすごいんスよ、とんでもない衣装着て即興劇するんスけど、やっぱみんな照れとかあってなかなか上手くいかないんス、だけど丞サンだけはホントに王子様に見えてさ!誰よりキラキラだったんスよ!」
「…へえ」
「晴翔クンもかっこよかったけど、でも丞サンが俺っちは一番かっこよく見えたな~…。コテコテの王冠もマントもカツラも、丞サンは全部堂々と着こなしてたんス!歯の浮くようなセリフもね、丞サンが言うと全部マジでかっこいーんスよ!女の子のお客サンがみんな丞サンにメロメロなのも納得ッス!」
「…そうか」
「あの頃から丞サンはずっと俺っちの憧れの人でさ。だから、ハロウィンのイベントでペアになれたのもすごく嬉しかったし、優勝して一緒にあのステージに立てたのも、ホントにホントに嬉しかったんス!…あ~思い出しただけで鳥肌立ってきた!」
「…」

それぞれベッドの上に寝転びながら、電気の消えた部屋の中で俺たちは会話をしていた。
俺は頭の後ろで手を組み、天井を見上げながら太一の話を聞いていた。柵の向こう、太一は恐らく枕に頬杖をつきながら話しているのだろう。その声はとても弾んでいて、まだまだ眠気が滲む様子はない。

毎晩こうやって、眠りにつく前に二人で色んな話をする。
俺の大学の話や太一の高校での出来事、お互いの家族の話、稽古の話、ストリートアクトの話。時には一緒に次回公演のシナリオを考えてみたりして、その突拍子もない話の展開や有り得ない配役に、涙が出るまで笑い合ったりもした。
それが最近、太一の口から出てくるのが丞さんの名前一色になったのは、先日開催されたハロウィンイベントの夜からだった。
GOD座時代から続いている二人の関係は長く、もちろん俺には知らないことばかりだ。
寮生活の中ではあまり表に出さない丞さんへの思いを、太一はここぞとばかりに俺に語る。もしかするとずっと誰かに聞いてほしかったのかもしれない。GOD座の話題を自分から出すことに恐らく若干の気負いがある太一は、だからこそきっとこうして、部屋で二人きりの時にだけ何の気兼ねもなく話してくれるのだろう。
太一が嬉しそうにしているのは俺も嬉しい。…嬉しいのだけど。

「狼男の丞サンも最強にかっこよかったッス!マジで惚れるッス!」

…こういう言葉を太一の口から聞かされるのは、驚くほど面白くない。
そうだな、と頷いて笑えばいい。なんなら腕を伸ばして頭を撫でるくらいすればいいのだ、本当は。
よかったな。それは嬉しいな。俺もそう思うよ。笑いながらそんな言葉をかけて、太一の幸せを一緒に分かち合えばいいだけなのに。
…けれど何度試みてもこの腕は俺の頭の後ろで組まれたまま動かないし、天井を見つめる眉間には不自然な皺が寄ってしまう。
この気持ちは本当に厄介で困る。何度奥底に押し込めても簡単に浮き上がってきて、すぐに心の表面を覆い尽くしていく。飲み込むたびに不快感は蓄積されて、それはそのまま自分への嫌悪に姿を変えていった。

「…臣クン、寝ちゃった?」
太一の言葉で我に帰り、取り繕うようにして笑った。
「いや、起きてるよ。王子様合宿の話だろ?やっぱりすごいんだなあ、丞さんって」
「………」
何かまずいことを言ってしまったのか、それから太一は口をつぐんでしまった。ああもしかしたら、途中からあまり話を聞いていなかったのがバレてしまったかもしれない。
「ごめんね臣クン…ほんとは眠かった?」
「どうして?そんなことないぞ」
「…じゃあ、俺っちの話、つまんなかった?」
みるみるうちに不安げな声になる太一の方へ慌てて体を向ける。上半身を起こして柵の方へ体を寄せると、暗がりの中、太一は眉尻を下げながら悲しそうな顔でこちらを見ていた。
「…ごめんな太一。そんなことないよ」
「……臣クン、嘘つく時…最初にちょっと口ごもるからすぐ分かるッス…」
「…」
太一にそう言われ、なんと返していいか分からなくなってしまった。
彼はその場の空気や、負の方向へ傾いた相手の言動に物凄く敏感だ。…うっかりしていた。
そうなのだ。太一はとても聡いのだ。
一度気づかれてしまったらもう、そこからどう誤魔化しても太一には通用しない。どんなにそれらしい言葉を続けても、見抜いた後の彼はただひたすら悲しい顔で見つめてくるだけなのだ。
今までの付き合いの中で充分すぎるほどそれを知っている俺は、仕方なく降参することにした。
「…つまらないとか退屈とか、そういうわけじゃないんだ」
「…」
柵の向こうへ手を伸ばして太一の髪の毛を触る。ワックスの付いていない毛先は柔らかくて、俺の指先を優しくくすぐった。
「…うーん…言ったら太一に呆れられそうで、ちょっと嫌だなあ」
俺の呟きに、太一は「そんなことあるわけないじゃないッスか!」と間髪入れずに反論した。
「俺っちが臣クンに呆れるとか、あり得ないッス!!」
「そうか?」
「そーッス!!」
伸ばした俺の腕を、今度は太一が両手でしっかりと握ってくれる。自分の中の子供じみた感情がそれだけで和らいでいくのだから、俺もずいぶん単純なもんだ。

「…妬いてるんだよ、俺」
「うん?」
「太一が丞さんの話ばっかりするから、さっきからずっとヤキモチ妬いてるんだ。ごめんな」
手の内を明かすと、太一は一瞬だけ驚いた顔をしてから俯き、そのまま俺の腕に頬を寄せた。俺の腕を滑る太一の肌があまりに心地よくて、何故だか急にキスをしたいなと思ってしまった。

「…臣クンだけだよ、俺なんかにヤキモチやくの」
俯いたままだから太一の表情は伺えない。そのままうなじ辺りをゆっくりと撫でると、太一はもう一度俺の腕に頬ずりをした。
「嫌な気持ちにさしてごめんね臣クン。でも俺っち…超嬉しいッス」
「嬉しい?いやじゃないか?束縛されてるみたいで」
「全然ッス。…て言うか、ごめんね、ニヤニヤが止まんない」
「え、笑ってるのか。人が恥を忍んで白状したっていうのに。こら」
両手で太一の顔を掴み、無理やりこちらに向かせる。そうすると太一は楽しそうに「わー!やめて臣クン!」と言ってささやかな抵抗をしてみせた。
俺の両手に包まれた太一の顔を見る。その表情は彼が言う通り嬉しそうに綻んでいた。
「…なんだ。安心した」
「うん?」
「太一がヤキモチ妬かれるの嫌だったらどうしようって思ってたんだ。そうじゃないなら良かった」
「……」
「こうやって笑ってくれるんなら、これからも安心して妬けるな。はは」
手に負えない感情も、彼が笑って受け入れてくれるならいい。どこかに捨ててしまいたくなるような想いの一つずつに置き場所を与えてくれる太一は優しくて、その優しさにはやっぱり敵わないのだ、いつだって。

「…臣クン」
「ん?」
「…そっち行ってもいい?」
予想もしていなかった太一の言葉に、心臓が一度だけ大きく脈を打つ。
「…ああ、いいよ。おいで」
掛け布団を半分だけ捲って招くと、太一は天井と柵の間を潜り抜け、ゆっくりと俺の隣にやって来た。
「お、お邪魔します」
ぎこちなく彼は言う。自分から言い出したくせにずいぶんと体を縮こめるものだから、シングルサイズのベッドなのに俺たちの間には妙な隙間が空いていた。
「…」
暗がりでもだいぶ目が慣れてきた。距離が近くなったぶん太一の表情の細部までよく見える。
伺うように俺を見つめるその顔は正直抱き潰してしまいたくなるほど可愛いけれど、彼は、俺が今そんな風に思っていることなどかけらも知らないだろう。
いつだって理性の糸は張り詰めていて、些細なきっかけできっと簡単に切れてしまう。
俺はそのことを、取り返しがつかなくなる前に太一に教えてやれるだろうか。…困ったな、あんまり自信がない。

「…太一」
「…はいッス」
「抱き締めたいから、もっとこっちに来てくれないかな」
太一は黙って頷いてから、ぎこちない動作のままその身を寄せてくれた。
自分より小柄な体を抱き締める。
思えば最初は、太一が俺を好きだという事実それだけで充分過ぎるほど幸せだったのに。日を追うごとに願いは肥大し根深くなっていく。俺だけの太一でいてほしい、隣にいられるのは俺だけであってほしいと、願わずにはいられなくなってしまった。
どこかに閉じ込めておきたい。いっそ鎖に繋いでしまいたい。自分の中の行き過ぎた独占欲に嫌気がさして、溜息をついた夜が実は何度かあった。
なあ太一、俺は知らなかったよ。好きという気持ちだけで誰かを想い続けることはこんなにも難しいんだな。

「…ひひ」
腕の中の恋人がいたずらっぽく笑う。どうしたのかと思い顔を覗き込むと、俺を数秒見つめてからその理由を教えてくれた。
「だって臣クンかわいいんだもん」
「…んん?」
「ヤキモチ妬いちゃうとこも、それを俺っちにちゃんと教えてくれるとこも。かわいすぎて意味わかんないッス」
まさか太一に「かわいい」と言われるなんて予想もしていなかった。こんな四つも年上の男が妬くだのなんだのと、きっと太一からしてみれば格好悪く見えているに違いないと思ったからだ。
言われて嬉しい言葉かと聞かれれば難しいところだが、太一の口から聞くと何故だか頬が緩んでしまうから不思議だ。
「かっこよくて優しくてそのうえかわいいとか、もはや詐欺ッスよ臣クン」
「あはは、じゃあ太一も詐欺だな」
笑って言うと「うわ詐欺師の笑顔はやっぱズルイッスね~!」とからかわれてしまった。
「太一の笑った顔だってタチ悪いぞ」
「そんなん言われたことないッス。そう思ってるの多分臣クンだけだよ」
「あはは、そうか。じゃあ俺だけが知ってるってことだな。良かった」
「…臣クン」
「ん?」
「大好き」
唐突な告白に内心動揺した。
今更疑問に思う。同じベッドの中で抱きしめ合っているこの状況を、果たして太一はちゃんと理解しているのかと。
例えば今、強引に組み敷いてみたら彼はどういう反応をするのだろう。少し物騒なことを考えながら俺は頷いた。
「…臣クンさ」
「ん?」
「…俺が丞サンに抱っこしてもらったの、やだった?」
「やだったに決まってるだろう」
一度明かした手の内を、もう隠す必要もないだろうと半ば開き直って即答する。すると太一は俺の背中に腕を回して「うぅ~」と、嬉しさをかみ殺すような声で唸った。
「あそこにいるのが俺だったらなって、正直思ってたよ」
「…うん」
「よりによってお姫様抱っこだったしな」
「…」
「太一もずいぶん嬉しそうだったし」
「……」
「まあ仕方ないよな、魔法使いには包帯男より狼男の方がお似合いだし」
「…お、臣クン、そんなにいろいろ思ってたの!?」
太一が腕の中から慌てて顔を出してきたので思わず笑ってしまった。少しからかいが過ぎてしまったかとも思ったが、でも全て本心なのだから仕方ない。
…本当はあの時、ステージの二人に拍手を送りながら苦虫を噛み潰していた。なにも抱き合わなくたって、と思ってしまった。なにより「おめでとう」と言いながらそんなことを考えている自分がとても小さな人間に思えて、心底嫌気がさしたのを今でも鮮明に覚えている。
なあ太一。俺はお前に知られたくないことばっかりだ。周りが思うほどできた奴でもなければ、特段優しいわけでもないんだよ。
俺の全てを見せた時、それでも変わらずにお前は好きだと言ってくれるだろうか。この腕の中に、いてくれるだろうか。

いまだ困惑した表情をしている太一に気づいて、俺はその額に唇を寄せた。
「ごめんな。幻滅したか?」
「…ううん、そんなことないッス…て言うか」
「うん?」
「…う~………かわいい…」
また。彼の言葉はこうやって想像の範疇を軽々と超え、俺の憂鬱を嘘のように払い飛ばしていく。
かわいいと言うにはあまりに稚拙で幼い感情だろうに、悶えるようにしてそう言うものだから、俺は思わず首を傾げる。どこにそんな要素を見出してくれているのかいまいちわからない。
「うーん…太一がそう思ってくれるんなら、それはそれでありがたいけど…」
ぽりぽりと頭をかきながら言うと、太一がこちらをじっと見つめてきた。
「…ん?どうした?」
「…臣クン好き」
「……」
「ヤキモチも全部嬉しい」
「…うん」
「大好き、臣クン」
「…」
雨のように降り注ぐ太一の言葉に、心臓が鳴る。
もうこれ以上は聞いていられない、と思った。
好きで好きで、可愛くて仕方のない恋人が同じベッドの中、熱のこもった瞳でそんなことを訴え続けてくるのだ、耐えられない。
「……太一?」
「大好き」
「…」
太一の表情が何かを懇願しているように見えたのは、きっと俺の勘違いではなかったと思う。
…小さく喉を鳴らしてしまったのを、太一は気付いただろうか。目が離せないまま、もしそうだったら恥ずかしいなと、俺はどこか他人事のように考えていた。
「俺も大好きだよ」
太一の頬に手を添えて告げれば、手の甲を縋るように握られる。
「…俺っちの方が絶対好き」
「…」
何が彼の引き金を引いたのか。きっかけを探そうにも太一の瞳が俺を捕まえて離さないから、思考がまともに働かない。
ああ、理性の糸なんて。そんなものは元からなかったのかもしれないな。

太一の耳に手をかけてから口付けた。ピアスが外された耳たぶを執拗に撫でながら何度もキスをする。
太一がピアスを外すのは風呂と就寝の時くらいだろうか。裸になったこの部分をこんな風に触れるのは、世界でただ一人、俺だけであればいいと願う。
唇に僅かな隙間ができる度に、太一の「好き」という言葉が零れる。雪のように降り積もっていくそれを、どうすればいいのか俺はわからないままだ。頭がおかしくなってしまいそうだなあと、太一の耳の輪郭をなぞりながらぼんやり考えていた。
「…ん、ん…好き、臣クン」
「俺も太一が好きだよ」
「…大好き」
たまらなくなって、上体を起こして太一に覆いかぶさった。逃げないように絡めた両手はまるで鎖のようだ。
「なあ、太一」
「…ん…?」
「…俺に妬かれると興奮するのか?」
「………」
太一は唇をつぐみ、けれど数秒後小さく頷いた。
「…どうしよう…ごめんなさい」
泣き出しそうな顔で吐露する太一がひどく官能的に見えて、俺はまた喉を鳴らした。もう、この音が聞こえてしまっていても構わない。全て伝わればいいと思う。
「…困ったな、そんなこと言われたら俺も興奮する」
額をくっつけて言うと、太一は目を細めてゆっくり息を吐いた。
「…大好き、臣クン」
「俺も大好きだよ」
何度も何度も確かめ合って、唇を繋ぐ。息継ぎと同時に開かれる小さな隙間に舌を入れて、太一の口内に触れた。
唇の裏を舐めあげてから上顎をくすぐる。その度に太一は少し身をよじり可愛らしい声をあげてくれた。
途中、やっと捕まえた太一の舌を引きずり出して軽く噛むと、驚いたのかその瞬間に「わ」と短い声が発せられ唇が離れてしまった。
「…わるい、痛かったか?」
困った顔で太一は首を横に振る。瞳は一層熱を帯び、俺を捉えて離さない。
「…気持ちかった…」
…本当に、どうしていつもそうやって予想だにしない言葉を落としていくのか。
なあ、わからないだろう太一。俺が今頭の中で、どれほど卑猥なお前の姿を想像しているか。想像の中のお前は俺の下で揺さぶられ、喘ぎながら俺の名を繰り返し呼ぶ。応えるようにして俺が腰を振れば、お前は一層甘ったるい声で鳴くんだ。
…いつか来るかもしれないそんな日を思い描いて、何度一人で処理したと思う?
「……はあ、参ったな…」
「…臣クン?」
「…抱きたくて仕方ないんだ、さっきからずっと」
まっすぐ見つめながら打ち明ける。すると太一は目を見開いてからその後数秒固まってしまった。
「…だ、抱く…」
「ああ。太一の全部を独り占めしたいんだ。俺の、これを使って」
先程から硬くなっていた自分の性器へと太一の手を誘導する。服越しになぞらせてやれば、太一の顔は真っ赤に染まった。
「…太一は?俺に抱かれるのは嫌?」
額をこつりとぶつけて尋ねると、太一は真っ赤な顔のまま固く目を瞑って、首を横に振った。
「…だ、だって俺…」
「…うん?」
「臣クンに、いっぱいしてほしいって…ずっと思ってたもん」
太一の告白に、頭のどこかで警笛が鳴ったような気がした。
彼も俺と同じように想像していたのだろうか。自分の上に覆いかぶさって、腰を振る俺を。噛み付くように名前を呼んで、太一の中を責める俺の姿を。
もしそうなら、どうしろと言うんだ。もう俺は、今すぐにでもお前の中に入りたい。

「…なあ、太一」
「う、うん」
「今度、一緒に買いに行こう」
「ん、うん?なにを?」
「コンドームとかローションとか。他にも何か必要なものがあるかもしれない。一緒に調べよう」
「コッ…!ロッ…!」
絵に描いたように動転する太一を見つめながら
俺は思う。
太一が好きだ。大切にしたい。でもその思いと同じ大きさの欲望が、俺の中には常にある。抱きたい。離したくない。一つになりたい。太一の中を俺でいっぱいにしたい。
欲望は枯れることがない。枯れるわけがないのだ。太一の隣にいる限りずっと。

「…臣クン」
「ん?」
「じゃあ…きょ、今日は…このままってことッスか…?」
「……」
ずいぶんと現実的な問題を投げかけられ、俺は返答に困った。そうなのだ。「だから今日はこのまま寝よう」というわけには、いくはずがない。
「…どうしようか」
「え、えっと、えっと…え~っと……。お、臣クン決めて…」
「…それじゃあ…うーん…」
「…」
「お互いのを触り合って、一緒にいくっていうのはどうだ?」
「!!」
俺の提案に、太一は先程と同じように驚愕の顔をしてみせる。首を少し傾げて見つめると、瞳をしばらく右往左往させてから、 太一は確かに頷いた。
また、喉が鳴る。太一の、しごかれて漏れる声や達する瞬間の顔を想像して、自分の性器が硬さを増すのがわかった。

ゆっくり太一の下半身に手を伸ばす。
寝間着としていつも着ているハーフパンツの生地を撫で、ゆっくりと中心部分へ進む。生地の上からそこを触ろうとした瞬間、太一の手が俺の腕を掴んだ。
「ま、まって!」
嫌悪による制止かと一瞬不安になったが、太一の表情を見る限りどうやら違うようだ。
顔中真っ赤にさせながら、太一は言った。
「あの、その…か、過度な期待はしないでほしいッス…」
「うん?」
「サイズは、その…平均の真ん中くらいだから…た、たぶん…」
唇を尖らせながら、やっと聞き取れるくらいの声で太一はそう言った。なるほど大きさのことを報告してくれたらしい。ずいぶん真剣な表情に笑みがこぼれた。
「あはは。そうかわかった」
「あ!笑った!笑ったッスね臣クン!今臣クンは一人の男のプライドを深く傷つけたッス!」
「ごめんごめん。平均の真ん中な。よし覚えた」
「そこは「そんなことないよ」って優しくフォローするとこだから!」
「わかったわかった、そんなことないよ」
「まだ触ってないくせに何がわかるんスか!臣クンのバカ!」
「あはは」
騒ぐ太一は吠え立てる子犬のようで可愛い。
一度頬にキスをしてからその顔を見つめ、そして見つめたまま、俺は中心部分を手のひらでなぞった。
「…っあ」
「…うん。そんなことないよ太一」
ハーフパンツの生地の上をゆっくりと円を描くように撫でる。すると太一は両手でその可愛らしい真っ赤な顔を隠してしまった。
「……あ、ま、まって…」
「うん」
形だけ相槌を打って、俺はそのまま手を動かす。半分ほど硬くなった太一の性器を服越しに撫で、勃ってくれていることに安堵した。
ちなみに大きさについては、そもそも平均がよくわからないからなんとも言えない。けれど決して小さいというわけでもないと思った。
「やだ、あ、ぁ、まって臣クン」
「うん」
「だめ、あっ、ま、まって、あ、だめ」
「顔見せてくれたらいいよ」
顔を覆う手の甲にキスをする。すると太一は指の隙間からこちらを伺い、恐る恐るその手を顔から退けた。
唇を噛み締めながら俺を見上げる顔に釘付けになる。自分の息が荒くなるのが分かり、太一にはいつだって、こうして余裕を奪われてしまうんだよなぁと思った。
「…お、臣クンの」
「うん?」
「…臣クンの触り方、超やらしい…」
「やらしいの、いやか?」
「…ううん。……好き…」
自分の顔は隠すくせに、そういうことは平気で言ってしまうんだな。…本当に敵わない。
「太一も俺の、触ってくれるか?」
「う、うん」
太一は頷きながら手を移動させる。勃起した自分の性器に彼の手の感触が訪れ、俺は一瞬だけ息を詰めた。
「…た、勃ってる」
「当たり前だろ」
「…か、かたいッス」
「そうだな」
「………どうしよう…」
太一の手の感触が生地越しに伝わる。竿を撫でる手つきはぎこちないけれど、それでも腰を揺らして押し付けてしまいたくなるくらい気分が高揚した。
「臣クン、ど、どうしよう」
「ん?」
「…すごいドキドキする、どうしよう」
「…ああ、俺もだよ」
耳元で囁きながら、俺もまた太一の股間をまさぐる。
耳たぶを舌で舐めあげながら、服の向こうにある竿を握る。手を上下に動かすと今までにないほどかわいい声で太一は鳴いた。
「あっ、あ!ぁ…だめ、だめ」
「うん」
「…っあ、臣クン、あっ」
ピアスをつけていない太一の耳たぶを噛んで、舌先でピアスホールの凹みをつつく。普段は決して姿を現さないその穴がひどくいやらしく思えて、もっと責め立てたい気分にさせられた。
「あ、ぁ…み、耳だめ、あ、あ」
太一の性器が手の中で硬さを増す。それを実感するたびに俺もまた下半身に熱が向かっていくのを感じた。
「太一も擦って」
「ん、んっ…うん…」
服の上から緩く握られる感触がして、そのままその手を上下に動かされる。
身震いした。太一が今、俺の性器をしごいている。物理的な快感ももちろんだが、その事実にとんでもなく胸が高鳴った。
「気持ちいいよ、太一」
「う、うん…あ…っ、俺も…」
太一は本当にかわいい声で鳴き、俺の五感全ての温度を上げていく。
耳を舐める度に震える肩も、急ぐように短く繰り返される呼吸も、困惑しているような、けれどねだっているようにも見えるその顔も、全てがたまらないのだ、本当に。
体勢を変え、太一の頬にキスをしてから隣に寝転ぶ。今度はハーフパンツの中に手を入れた。
「!お、臣ク…」
「直接触ってもいいか?」
「え、えっと……うん…」
頷いてくれた事にほっとしながら下着の中へ侵入する。性器の先端に触れると、それは思っていた以上に熱くなっていた。
「…嬉しいよ。俺でこんなに反応してくれてるんだな、太一」
指先でカリの形をなぞってから全体を握る。どの部分が好きなのか確かめながら、俺は太一の性器をしごいた。角度や強さを変えながら手を動かしていると、太一の反応が一際大きくなる瞬間があった。
「ん、これ好きか?太一」
「…っ!あ、あ…ん~っ…!」
「ああ、濡れてきちゃったな」
「や、あ、臣ク…っあ、ぁ」
「かわいい。さっきから腰揺れちゃってるの、自分でわかるか?」
「や、やだ…っ!ぁ…あ、いわ、言わないで…っ…」
俺の手で簡単に追い詰められてしまう太一が可愛くてたまらない。下着を少しずり下げて根元まで握りこむと、太一は短く喘ぎながら首を横に振った。
「あっ!や、やだ…俺ばっか…っ…」
「じゃあほら、太一も触って」
自分の履いているものも下げて、俺は太一の手を取る。緊張からなのか、俺の性器に直接触れるその瞬間に太一はほんの少し指を後ろへ引っ込めた。
「触って、太一」
促すと、こくこくと頷きながら太一はゆっくり俺に触れた。
太一の手のひらが俺の性器を包む。いつも見慣れた太一の手が今、こんな場所に触れているのだと思うと、背徳感と興奮が混ざり合ってなんとも言えない気持ちになった。
「…あ、太一、今の」
「ん…う、うん?」
「…っ、あ、気持ちいい」
太一の親指の腹が裏筋を擦る。その度に自分の体が反応し声が出た。いつも一人でする時は、間違っても声など出ないし快感の限度も予想ができるのに。太一に触れられているというだけでこんなにも違うんだな。ああ本当に知らないことばかりだ。
「う…、臣クン、声すげえヤバイ…」
「…あ…、太一だって、やばいぞ」
「ん、ねえ、これ?臣クン…これ好き?」
「ん、…ああ、好きだよ」
反応する俺に対して、太一が興奮しているのがわかる。太一の性器も熱さを増して俺の手のひらを温めた。

「……っ、なあ、太一…」
「ん、あ、あ…な、なに?」
「こんなこと、他の誰ともしないでくれ」
我ながら陳腐で情けないセリフだと思った。頷くしかできないような問いかけをわざわざ口にして、俺は太一を縛り付けるのだ。
けれど言わずにはいられない。世界で一番愛しい人の、ずっと特別な存在でいたい。…どうしてもいたいのだ。
太一は頷いてから俺を見つめる。その目に宿る感情を読み取って、俺は燃えるように興奮した。
…もっと言って、と、書いてあるのだ。彼の瞳に。

「…俺だけの太一でいてくれ」
「あ、あっ、うん」
「俺だけを見ててくれ、太一」
「っあ、あ!…、ん…ん~っ…」
「好きだよ、一緒にいこう」
最後に、太一の舌を吸い上げながらそれと同時に手の動きを速めた。太一も俺と同様に手の速度をあげる。声が互いの口の中へ溶けてゆく。溶け合って、絡まり合って、境界線がどこにあるのか俺にはもうわからなかった。
「あ、ぁ、好き、臣クン好き、あ、いきそう」
「ん、うん、俺も好きだ太一、いこう」
「あ、あ、……っ…」
カウパーが溢れ、湿った音が布団の中で鳴る。口の端から漏れた唾液がシーツに染み込んでいくのと同時に、俺たちは互いの手の中で射精した。

「…い、いっちゃった…」
「…ああ、いっちゃったな」
「……臣クン、超やらしかった…」
「太一こそ。俺の10倍くらいやらしかったぞ」
「いや絶対臣クンのがやらしかった。あのね前から言おうと思ってたけど臣クンは自覚が足りないッス。自分のことわかってなさすぎ」
「それを言うなら太一だろ。頼むからもうちょっと自覚してくれ」
「…」
「…」
平行線の言い合いに、見つめあってから吹き出す。俺が心底思っているのと同じように太一も心から言っているのだと分かるから、この胸は温かい気持ちで満たされて、笑みがこぼれてしまうのだ。
「あはは。臣クンがこうやって言い返してくるの、すごい好き俺」
「はは。俺も面白くて好きだよ」
「いや、絶対俺っちの方が好きだから」
「いや、俺の方が好きだよ」
「あはは」

ついさっきまで抱いていた独占欲や支配欲が、この柔らかな瞬間に溶けていく。こうやってまた、俺はシーソーのような感情の揺れに翻弄されるのだ。
抱きたい。独り占めしたい。…でも同じだけ、大切にしたい。慈しむように紡いでいきたい。
どちらの感情もお前が連れてくるのだから、本当に敵わないよ太一。大好きだよ。

「ウェットティッシュがないんだ、そういえば。一緒に手、洗いに行くか」
「うん」
乾いたティッシュで簡単に手のひらを拭いてから、俺たちは一緒に部屋を出て洗面所へ向かった。

つい数十分前「コンドームやローションを一緒に買いに行こう」と言ったのが遠い過去のように感じる。今はずいぶん穏やかな気持ちだ。
幼い感情を露わにしても、想い人はそれを笑顔で受け止めてくれる。それだけで満たされることがたくさんあるのだと分かった。
…そしてこの充足感の理由はやっぱり、太一と初めて擦りあって一緒に達したことにあるのかもしれないと思った。だとしたらやっぱり、現金で単純な奴だなあ、俺は。

洗面所の扉を開けながら考える。そんなものを一緒に買いに行くなんて、どれくらい先のことになるだろう。もしかしたら太一が高校生のうちは、なんだかんだと言いながら今日以上の一歩を踏み出さないままかもしれないなあ。
太一はまた、俺が今夜のようなことをしたいと言ったら頷いてくれるだろうか。恥じらいながら、けれどゆっくり頷いてくれたら嬉しい。体を一つに重ねることは、そのずっとずっと先で構わない。
満たされた気持ちのままそんなことを考え、蛇口を捻ろうとした瞬間。

「…ねえ臣クン。ゴムとかローション、いつ買いに行く?」

太一が予想だにしないことを言い出すものだから、俺の全身は石のように固まった。

あのな、だから太一。
爆弾みたいな言葉をそうやって落とすのはやめてくれって、さっきあれほど。
………いや、言ってなかったか……。