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「美味しいッス!世界で一番美味しいケーキッス!!」

秋組全員で談話室のソファに腰掛け、手作りのホールケーキを囲む。
皿に切り分けたぶんを乗せて本日の主役に渡すと、心から美味しそうに食べてくれた。

「はは、そんな風に言ってもらえると嬉しいな。作った甲斐があるよ」
「もう一切れ食べるッス!!」
太一が、空になった皿を前に出しながら元気に言った。
「お前さっき焼肉食ってきたんだろうが。無理して腹壊しても知らねえぞ」
左京さんが横からたしなめるが、太一は「大丈夫ッス!」と明るく笑うだけだった。
「左京さん、甘いものは別腹だ。仕方ねえっすよ」
「甘いモン食いながら甘いモン食うような奴に言われてもな…待てテメエそれ何切れ目だ、太一より食ってんじゃねえぞバカ」
「…」
十座がムッとしながら口元をもぐもぐと動かし続ける。多分三切れ目を食べ終わっただろう彼は、既に次のぶんをフォークで刺していた。
「言ってるそばから無尽蔵に食ってんじゃねえよ!」
「あはは、いーよ万チャン!でもこれは俺っちにちょうだい、十座サン」
そう言ってから太一は片手でそっと、チョコで作ったメッセージプレートを取った。
「…へへ。嬉しいな、これ…」
本当に嬉しそうに太一は言う。宝物のようにそれを見つめる瞳に、俺は思わず見惚れてしまった。
「それよぉ、ハッピーバースデーの文字、俺が書いたんだぜ」
万里が得意げに言うと、太一は目の色を輝かせた。
「マジッスか!プレートだけはケーキ屋さんに頼んだのかと思った!万チャン器用ッスね~!」
太一の言葉にフフンと笑う万里もなんだかんだ嬉しそうだ。見ていて心が和んだ。
「じゃあこの「太一」の文字は?」
「それは左京さんが書いたんだ」
太一の問いかけに答えてやると、机を挟んだ向こう側のソファから左京さんに睨まれてしまった。
「いちいち言うんじゃねえ、伏見」
「はは、すみません」
「左京にぃも書いてくれたんだ…てか達筆ッスね!うますぎないッスか!?」
「そんなことねえ。曲がってんだろ「一」の字が」
瞳が少しだけ右を向くのは、左京さんが照れている時の癖だ。言われた言葉が照れくさかったのだろう。太一もそれに気づいたのか「にしし」と短く笑った。
「…えと…この、右下のモチャッとしたやつは…なんスかね?」
「…あー…それは…」
答えてやるべきか迷っていると、十座が先に太一に正解を言い放った。
「お前の顔だ」
「えっ、これが?」
「そうだ」
「…これが?」
「そうだ」
「……ダンゴムシかと思ったッス…」
太一のその台詞に、なんの躊躇もなく大笑いをしてみせたのは万里だ。
「だっはっはっはっは!!おい兵頭!!ダンゴムシだってよ!!」
「…うるせえ」
「だ、ダンゴムシ!!マジだ!!もうダンゴムシにしか見えねえ!!あっはっはっはっは!!」
「うるせえっつってんだろ、バカみてえに笑いやがって」
「はっは、は~腹いて…太一それはなぁ、そこの画伯が描いてくれたやつだからな、ダンゴムシ描いてくれてありがとうございますって頭下げとけよ…は~笑った…」
目尻に溜まった涙を指先で擦りながら万里が言う。顎で指された十座はその一連の言動に腹が立ったのだろう、おもむろに立ち上がり「やんのかてめぇ」とお決まりの一言を言ったのだった。
「…あぁ?んだよちょっと笑っただけだろ」
「どこがちょっとだ。頭のネジ取れたみてぇに笑ってただろうが」
「さっきから聞いてりゃバカみてぇだのネジ取れただの…ケンカ売ってんのか兵頭、あぁ!?」
「ケンカ売ってんのはてめぇの方だろうが、あぁ?」
二人のこれは本当に年中無休なんだなあ…とのんびり考えていたら止めに入るのが遅れてしまった。俺が制しようとする前に、左京さんが二人それぞれの頭を左右の手で掴んでいた。
「…てめぇらは…ケンカするしか脳がねえのか?」
「いっ…いだ、いっだ…」
「…っ…いてぇ…」
「今日の主役はてめぇらじゃねえんだよ。分かったらおとなしく座っとけ」
めりめりとこめかみに食い込んでいく左京さんの指を見ていると、それだけで頭が痛くなり身がすくむ。
二人は言われるがまま元の位置に腰を下ろした。
「…頭凹ます気かよ…いてぇ…」
「………」
万里も十座も頭を両手で包み、痛みの余韻に耐えているようだった。

「…そっかぁ。十座サンも描いてくれたんスね…」
太一がプレートを見つめながら、ぽつりと言った。
「みんなで書いてくれたんスね。へへ、嬉しいなぁ俺…」
「…太一?」
俯く太一の顔を覗き込むと瞳が少しだけ滲んでいるのが分かった。俺はそれに気づかないフリをしたまま、少しだけ体を彼の方に寄せた。

「…俺っち、忘れないよ」
「そのプレートのことか?まあ強烈だもんなぁそのダンゴムシ」
「…摂津、てめぇ…」
また睨み合いを始めようとする万里と十座を、太一の言葉が遮った。
「もちろん、これのことも忘れないッスけど。…そうじゃなくてね、俺っちがみんなにした事を、ずっと忘れないでいるって、言ったんス」
「お前がしたこと…?」
左京さんの言葉に太一は頷く。
「…脅迫状出したり、衣装メチャクチャにしたり、小道具隠したり…。みんなの邪魔したこと、この劇団に酷いことしたこと…俺、絶対に忘れないから」
「…」
「…それでも、みんなが…こんな俺を受け入れて、許してくれたこと…俺、絶対絶対忘れない…っ…」
俯いていても肩が揺れてしまうから、太一が泣いていることはきっと全員すぐに分かってしまった。
そっと頭を撫でると、鼻をすする音が微かに聞こえた。
「…」
万里も十座も左京さんも、黙って太一を見つめている。未だに太一の中で消化されない思いが沢山あるのだと、きっとこの時全員が感じていただろう。
「…つうか」
最初に沈黙を破ったのは万里だった。
「俺は忘れたけどなぁ?んなこと」
万里が咳払いをしてから言うが、何故かそれを十座が驚いた様子で聞いていた。
「…忘れたって…お前、痴呆か?」
その瞬間、場の空気に大きな亀裂が走った。

「…っ~~…っし。分かった兵頭てめぇ表でろや、本気で相手してやっから」
万里は青筋を立てながら十座の胸ぐらを掴んだ。
「なにいきなりブチ切れてんだてめぇは」
「おめぇが原因だろうが、あぁ!?」
「顔の真ん前で啖呵切んじゃねえ、ツバがとぶだろうが」
「あーそうかよそしたら後で俺に殴られてぶっ倒れたてめぇの顔にたっぷりツバふきかけてやっから楽しみにしとけよゴラァ!!」
「俺がぶっ倒れる?なにいってやがるてめぇ、あぁ?」
ああ、さっき左京さんがお前らの頭をあんなに握りつぶす勢いで止めてくれたと言うのに。頭に血がのぼると少し前のことを忘れてしまうのだろうか。二人はさっきよりもドスの効いた声で吠えあっている。

「…っあはは!ほんとにすぐケンカするんスから!」
そこでようやく顔を上げた太一が、涙を乱暴に擦りながら元気に笑った。
「ほんと、二人がそんなケンカばっかしてたら左京にぃも疲れちゃうッスよ?」
「…七尾」
太一の言葉を今度は左京さんが止めた。
「お前の言いたいことは分かった。…分かったから、とっとと食え」
左京さんはプレートが乗せられた太一の皿に視線を落としながらそう言った。
いつもより穏やかなその声色に、太一はぎゅっと唇を噛み締めてから笑って、深く頷いた。
「…はいッス!」



部屋に戻ったあと太一の後頭部をゆっくりと撫でたら、彼は俺の体にガシリとしがみついてみせた。その仕草は小さな子供のようで可愛い。
「…太一」
片腕を太一の背中に回して、愛しいその名を呼んだ。太一は俺を目一杯抱きしめたままだ。
「…臣クン、ケーキ美味しかった」
「うん」
「…ほんとに美味しかった」
「うん」
「………ありがとう…」
絞り出すようにしてそう言う太一の体を、今度は俺も両手で力強く抱きしめる。太一は「苦しい」と、けれど幸せそうに言った。
「食べてくれてありがとうな、太一」
「…うん」
「お誕生日おめでとう」
「…うん」
「大好きだよ」
「…」
胸の中に顔を埋める太一はなにも言わず、俺の背中に回した手で俺の服をギュッと掴む。
震える声で、彼は言った。
「…俺、貰いすぎッス…」

あげてもあげても、足りないんだよ。
なあ太一。愛してるよ。

どんなきっかけであれ、お前と出会えてよかった。自分がした事を忘れないと言うのなら、俺のこの思いもどうか、ずっと忘れないでいてほしい。
お誕生日おめでとう。
これからもずっと一緒にいよう。