「ごめんウソップ…」
チョッパーが今にも泣き出しそうな顔でそう呟いた。
トンカチで釘をカンカン打ちながら、俺は「気にすんなって」と、何回目か分からない同じ答えを返してやった。
チョッパーが医務室へ行くため階段を登っている時、どうやら盛大にこけてしまったらしく、持っていた薬品がそこら中にばら撒かれた。
新しい薬を調合する為の材料だったようだが、その中の一つの液体は木材を溶かす成分があったようだ。
階段を上がりきった場所に穴が開いてしまった。
液体は広範囲にこぼれた。気を抜いてそこを歩いたらちょっと、いや、かなり危ない。
幸い、余っていた木材で補えそうだったので俺は慌てて工具を持ってきたというわけだ。
「塞がるか?これ…ウソップ」
「へっへ、お前俺を誰だと思ってやがる。こんなもの朝飯前…いやその朝飯の前の日の夜飯前だぜ」
帽子越し、頭の上に軽く手を置くと、チョッパーは安心したように笑い、ついでに「ウソップってすげえんだな!」と、嬉しくなる台詞も付け加えてくれた。
穴はうまいこと木材で塞がれたが、この一枚で覆うだけでは心もとないと感じた。
この穴の向こう側は、ちょうど倉庫の天井に位置するだろうから、倉庫側からも木材を当てておいた方がいいかな。
工具箱の蓋を閉じて倉庫へ向かおうとすると、キッチンの方角から突然「いいいいぃぃぎゃああぁぁぁぁぁ」という断末魔が聞こえてきた。
その声に驚き俺は思わず工具箱を落とした。
豪快な金属音を立ててトンカチやらペンチやらドライバーやらが階段に散らばる。
チョッパーは風の速さで階段の一番下まで避難し「な、な、なんだあ!?」と叫んだ。
俺も認める逃げ足の速さである。
断末魔の後、キッチンから飛び出してきた黒い影に何故だか俺は抱き締められ、訳も分からないまま身動きが取れなくなった。
視界の端にいつもの金髪が見えたので、それがサンジなんだという事に数秒遅れてから気付いた。
「サンジ!?どうしたんだ!?」
階段の下の方からチョッパーの声が聞こえる。もっとも俺は首をそちらに向ける事も出来なかったけど。
「で、で、で、出た…!!!!!」
耳元近くで聞こえるサンジの声は、可哀想なくらいに震えている。
でも俺はそれを可哀想と思ってやれる余裕が全くなかった。
サンジに抱き締められている俺の全身はただひたすら、石のように硬くなる。
サンジの頭越しに見える、開け放たれたままのキッチンのドアから、何か茶色いものが音を立てて飛び立つのが見えた。
サンジはその羽音を聞き、振り返らないまま「うぅぅぅぎゃあああぁぁぁ」と再度惜しみなく叫んだ。
先ほどの断末魔の理由はアレだったらしい。
ビリビリビリという大きな羽音を立てて飛ぶそれは、手すりに2、3度体当たりをした後、その隙間を抜けて海の彼方へと旅立っていった。
「なんだあれ…初めて見たぞ俺」
冬島で育ったチョッパーは好奇心に目を輝かせながら、アレが飛んでいった方角を見つめ続けた。
そりゃ初めて見るのは当然だろう。雪が降るような島では、あいつは人生を謳歌できない。
シロップ村で暮らしている頃、夏が来る度にあの群れの羽音を聞いていた。
頭の片隅で、よく抜け殻を見つけて喜んでいた事を思い出す。
「いっ…いったか!?答えろクソトナカイ!!」
サンジは俺を力強く抱き締めたままチョッパーに尋ねた。
「うん行った。海の方へ飛んでったぞ」
クソ呼ばわりされたのに大変律儀にチョッパーは答える。
その言葉に安堵したのか、耳元から溜息を吐く音が聞こえた。
「へっばかめ。死ににいくようなもんだ。ざまあみやがれ」
ソレが遠くへ飛んでいったと知った途端悪態をつき始めるサンジに「お前は本当に情けねえ奴だよ」くらい言ってやりたかったんだが、それは叶わなかった。
俺の体はまだ、鋼のように硬くなったままだ。
「せいぜい一週間の命を謳歌するんだな。クソ野郎が」
大して格好良くない台詞をもう見えない敵に吐き捨てながら、サンジはようやく俺の体を解放した。
「…ウソッ、プ」
俺の顔を覗いたサンジが、その目を見開く。
そして俺は「ああやっぱり」と思った。驚いた顔をするサンジに無理矢理自覚させられる。
やっぱり今、ビックリする位、俺の顔赤いんだな。
「や、あの…わりい、俺…」
オロオロしながら言葉を紡ぐサンジを「ああそういえば!」と、不自然にでかい声で遮った。
「そういえば俺!まだ補強終わってねえし、えっと、ではまた諸君!」
その場を駆け足で離れる。
後ろでサンジが俺を呼んでいる声が聞こえたが、振り返る事は出来なかった。
だって俺、今、死ぬ程恥ずかしい。こんな俺を知ったら、いくら優しいお前だって、絶対に引きつった顔する筈だ。
少なくとも俺は、泣きたくなるくらい、今の俺を認めたくねえよ。
全速力で倉庫まで走った。重たい扉をしっかりと閉めて、上がる息を整える。
薄暗い部屋の中、扉に背を預けながらしゃがみ込んだ。
「…あ」
工具を忘れてきた。床にばら撒いたまま、拾う事もそういやしてねえ。
手ぶらで来たって、補強作業が出来るわけないのに、俺は一体何をやっているんだろう。
向こうの天井から光が漏れている。
あそこが恐らく、さっき俺が補強していた箇所だろう。丁寧に板を当てたつもりだったが、木材が歪んでいたのだろうか、よく見ると小さな隙間が確認できた。
やっぱりこちら側からも板を当てた方がいいな、と、今はそれどころじゃないのにぼんやり考えていた。
「…どうしよう」
自分の呟きに引き戻され、ああそうだった、考えなきゃいけないのはそれだったと思い出す。
多分、っていうか絶対サンジは気付いてない。
さっき驚いていたあの表情も、俺があんまり赤面してるからそれに対して目見開いてただけだ。そうじゃなきゃ困る。気付かれてたら…俺は死ぬ。
思い出して、また自分の顔の温度が上がっていくのが分かった。
俺は俺が信じらんねえよ。何かの間違いだと思いたい。
サンジの髪の毛の感触や煙草の匂いを思い出して、恥ずかしさと罪悪感で胸がいっぱいになった。
サンジごめん、本当ごめん、ごめんなさい。
俺は想像したんだ。あんな一瞬で、とても口じゃ言えないような事まで。
ああ俺サンジになら、いいなって。…そういう事、されたいなって。
こんなの今まで誰にも…カヤにも、ましてやゾロにも思ったことなかったのに。
…抱き締められて、サンジが恐怖に体を震わせていたあの瞬間、俺は、俺は…勃起、してたんだ。確かに。
涙目になった。今までで一番、ダントツで自分を嫌いになった。
好きだと自覚してから、まだ数日しか経ってない。
なんでだよ俺、何考えてんだよ。何でこんな想像して顔赤くしてんだよ。はしたねえ。…キモチワリィ。
史上最高の最低最悪の気分に、いよいよ涙が垂れた。
こんな自分がばれたら、今度こそ間違いなく船を降ろされる。嫌われる。
「……どうしよう」
誰もいない部屋の中、呟いても返事はない。
それは当たり前の事なのに、何故だかとても孤独を感じさせた。
「………サンジ…」
この寂しさを、自分を大嫌いになるこの瞬間を、ちょっと怒りながら「大概にしとけよ」って蹴り飛ばしてくれたのは、いつもお前なのに。
もう俺、泣きたくなってもお前の所に行けないよ。
下心を隠しながらお前に甘え倒す方法を、きっと考えてしまうんだ。…最悪だ。
「…サンジ」
触れて欲しいと思う、その人の名前を呼ぶ。
はしたないその場所を、恐る恐る自分の手で、服の上から触った。
また勃起している事に、いい加減呆れた。
ああほら、俺はやっぱり罪悪感で涙目になりながらも、まだ想像してる。
ゆっくりとチャックを下ろした。
いつ振りかなあ、こんな事するの。今まで一度も知り合いを思い浮かべながらする事なんてなかった。
サンジの体温と匂いを記憶の中でなぞり、目を瞑る。
「…サンジ、ごめんな…ごめん…」
罪悪感の置き場に困って言葉が溢れた。
ごめんと言えば許されるかもって、俺は何処かで思ってるのかな。卑怯な奴だからな。
わかんねえけど、今はそんな事よりお前の事だけ考えてしまいたい。
想像する。今触っているのが、自分の手じゃなくて、お前の手だったらと。
目を開けたら目の前にはお前がいる。
鬱陶しそうなその前髪が俺の頬を撫でて、くすぐったさにまた目を瞑る。
お前は俺のをゆっくりしごきながら、ちょっと意地の悪い顔で笑ってみせる。
想像の中のサンジが笑いながら「お前が好きな奴ってさあ…誰よ」と問いかける。
俺は薄目を開けてサンジの顔を盗み見る。実際には開けていない瞼の裏側に、「なあ?」と催促をするサンジを思い浮かべた。
「…っ…サンジ」
俺はその問いに答える。恥ずかしさで我に返らないよう、手の速度を上げた。
俺の言葉を聞いて更に口の端を持ち上げたサンジは「俺もお前が好きだよ」と言った。
想像の中でもサンジは信じられないくらい格好良い。
「サンジ…サンジ」
名前を呼べば「ん?」と笑いながら応えてくれる。
穏やかなその表情にあまり似合わない荒い息遣いを想像して、俺は震える。
ああ俺に興奮してくれてる。
動かす指先からは水っぽい音が混ざるようになった。そこを決して見ないよう顔をそらすと、耳元で「…クソ可愛い」とサンジが囁く。
その声はこれでもかという程低音で、頭の奥まで響いていく。クラクラした。
なあ俺、信じらんねえよ。
こんな具体的に、こんな…やらしい想像したの、生まれて初めてだ。
「………ん…」
空いてる方の手で自分の口を抑えた。
駄目だ、もう、いきそうだ。
サンジごめん、俺、お前の事考えて、いくよ。
その音が聞こえるのが、あと数秒遅かったら、俺は確実にいっていただろう。
心臓は跳ね上がり、一瞬で想像の世界は消えた。残ったのは無様な自分の姿と有り得ない程の羞恥心だった。
突然聞こえてきた何者かの足音は、この扉の向こう側、すぐ近くで聞こえた。
「………」
どうせこんな気持ちになるんだったら、せめていかせてからにしてくれよ。
中途半端な状態で現実に連れ戻されてしまった体が、まだ底の方で疼いている。
扉の向こうにいる人物を心底恨んだ。
背中を扉に預けていたため、ノックの振動が直接体に伝わった。
そこで初めて足音を鳴らした人物が、通りかかったのではなくこの場所に、もしくは俺に用があってやって来たのだと分かった。
「ウソップ、ここか?」
ノックと共に聞こえてくる声に、俺はいよいよ絶望した。
なんだって、お前が今このタイミングで俺を探しに来るんだ。その間の悪さすげえよサンジ。
ああ神様なんていねえな!くそったれ!
「てめえ、工具拾ってから行けよ、使うんだろ?これ」
わざわざ工具を拾い集めて、届けに来てくれたのだろうか。
じゃあ俺の蒔いた種じゃねえか。なんてこったやってらんねえよ。
シカトを決め込んでいると「開けるぞ」と扉の向こうから言われたので「やめろばか!」と慌てて叫んだ。
見えないのに、俺はサンジがむっとしたのが手に取るように分かってしまった。
「っだよ!持ってきてやったのに、何様だよてめえは」
すこぶる不機嫌なサンジの声に「ああもうだから…」と内心うんざりした。
いっそはっきり言ってやろうか!今ここで俺が何してたか!…言わねえけど!
「開けるぞ」
「だめだっつってんだろ!」
「何でだよ意味わかんねえ!」
「…だからっ…」
さっき振り切った筈の涙が、また滲んできた。
俺だって意味わかんねえよ、何でここぞって時にお前の融通はこれっぽっちも利かねえんだ。
「…今…無理、だって…」
縋るように声を絞り出すと、扉の向こうから苛立った空気が消えていくのを感じた。
「………わかった。わかんねえけど」
その言葉の後、ガシャという音が聞こえた。
「これ置いとく」というサンジの声が聞こえたので、工具箱を扉の前の床に置いた音なのだと分かった。
サンジがそこから離れたのだと思い、俺はようやく息を吐いた。
「…くそ…びびった…」
見下ろすと、笑ってしまう事にチャックが開いたままだった。
俺はこの状態で扉の向こうのサンジと話してたってわけか。馬鹿丸出しだな。
こうなったら自分を盛大に笑い飛ばしてやろう。
救われねえよ。惨めで情けなくて、どうしようもない。
「………」
…うまく、笑えなかった。
何に対して流れ出てるのか知らないが、涙が次々と床へ落ちる。
消えてなくなりたいって、こういう時に思うんだなあ。
自分でもよく分からないまま、涙はボタボタと流れ続けた。もうこのまま泣きすぎて干からびればいいのに。
サンジが俺を好きだなんて、何かの間違いだったんじゃねえかな。
だってこんなに最低な奴が、誰かに好きになってもらえるなんて俺には到底思えねえ。
よしやっぱり干からびてしまおう。
ただ最後に、なんつうか、区切りというか、このままじゃ未練つうかさ、モヤモヤが残ると思うから。
…枯れてなくなるならせめてその間、自分の事じゃなくて、お前の事考えていたいから。
…最後に、名前を呼びます。
「サンジ」
一度だけ唱えて床に寝そべったら「おう」と返事が聞こえた気がした。
随分とリアルな想像だなあ、まるでそこにいるかのような幻聴だ。
最後に妄想でも、相槌打ってくれてありがとな。
目を瞑ると扉の開く音が聞こえた。…もういいよ、妄想は。
「…約束守れねえのかよクソ野郎」
随分と現実味がある想像に、頭の中で疑問符が浮かぶ。
疑わしくなり目を開けるとそこには、溜息をつきながら「ったく」と呟くサンジがいた。
「泣きたくなったらお前は、誰のところに行くんだっけ?」
こんっと軽い音がしたのは、サンジが俺にデコピンしたからだった。
俺の前でしゃがみ込み悪戯っぽく笑う。
知られたくないのに。見られたくなかったのに。
こんなに駄目でどうしようもない俺を、サンジには気付かれたくなかった。
でも、じゃあサンジ以外の誰に手を差し伸べてもらいたいと言うんだろう。
サンジだけは駄目なのに、サンジしかいない。
困ったもんだよ。いつの間に俺は、こんなにお前が好きで仕方なくなっちゃったんだろう。
「………ザンジ」
顔を両手で覆い、ひっくり返る嗚咽を精一杯隠した。
涙は一向に止まらない。それどころかさっきより勢いが増している気がする。
サンジは俺の手を顔からどけて「おいクソっ鼻」と言った。
「ザンジって誰だよバカ」
服の袖で乱暴に俺の顔を拭くサンジが、殊更優しく笑うので、たまらず「サンジ」と、もう一度だけ呼んでしまった。
そしたらもっと優しい顔で「ん?」と、返してくるものだから。
やっぱり消えたくないと思う俺を、まだ俺を好きでいてほしいと願う俺を、怖いけど、知ってほしいと、強く思った。
どれ位の時間、そうしていただろう。
俺のしゃくり上げる声が収まるまで、サンジはずっと黙って待ってくれた。
涙で濡れた首元が蒸れてかゆい。起き上がるのがだるくなる程泣いてしまった。
「落ち着いたかよ」
サンジは首を傾げて俺の顔を覗きこむ。
ここに来てから何だかしこたま優しいサンジの態度に、俺は完全に甘えきっていた。
「…ん」
リストバンドで目の周りをごしごしと拭いた。
泣いた事でだいぶ体力を消耗したみたいだ。しゃきしゃきと答えられなかった。
「良かったぜ、俺が心配性でよ」
「…うん?」
「頑なに俺が扉開けるの拒んだだろ。でも変だったんだよ、声が」
「…変だった?」
「変だった。だから黙って扉の前で待ってやろうと思って」
確かにあの時、工具箱を床に置く音は聞いたが、遠ざかる筈の足音を聞いていなかったなと思い出した。
まんまとサンジの思惑にはまってしまったわけだ。
「…してやられた」
「してやられてろ。お前はそれ位でちょうどいい」
俺の頭に置かれたサンジの手が暖かかったので、そう言うならそうなのかな、と流されそうになった。
慌てて首を振る。いやいやいやちょうどいいってなんだそりゃ。
「…ウソップ、お前はな、嘘つきだ」
サンジが俺の両耳をつまみ左右へ広げた。あまり強い力ではなかったが思わず「いてえ」と言ってしまった。
「でも幸いな事に、あんまり嘘が上手くねえ」
耳をつまんでいる手を更に左右に広げて、サンジはそのまま耳からその手を離した。
今の動作にどういう意味があったのかよく分からない。
「良かったなウソップ。俺が見破るの上手くて」
その笑顔に、俺はもう呆れちまう位弱い。
俺の気持ちを一向に見破ってくれそうにない鈍感なサンジに「分かってねえなあ」と言いたかったけど、それは言わずに笑い返してやった。
「で。嘘つきで意地っ張りで泣き虫なウソップ君の悩みはなんだね?」
ふざけた時の俺の口調を真似てくるサンジに腹が立ったので、軽くチョップを入れてやる。「倍で返されてえか」と、チョップの手を構えてくるので即座に「すんませんでした」と謝った。
「クソマリモ関連か、当たりだろ」
大はずれだっつうの。
「別に今更、何聞いても俺ぁ傷つかねえよ。変な気使うな」
口を割らない俺の肩を、バカサンジがぽんぽんと叩く。
おいおい誰が見破るの上手いって?泣いた原因は主にてめえだよ阿呆。
「…違う」
「うん?」
まだ肩の上に乗っている手を払いのけ、俺は「ゾロは関係ねえ」と告げた。
この手にあらぬ部分を触られるというあらぬ想像をしていた事を、お前は知る由もないだろう。
知ったらどんな顔すんのかな、考えたくもねえけど。
「じゃ何だよ」
お前だよ。
風の速さでつっこんだ。勿論心の中でだけ。
「……言えない」
本当にそれしか言えないのに、サンジはそんな俺の言葉を「素っ気無い」と受け取ったみたいだ。
むっとした表情をした後「かっわいくねえ」と吐き捨てた。
俺が意地っ張りで嘘つきだというなら、お前は短気で我が侭だよな。
それが許せる時も勿論あるけど、今は残念ながらその時じゃねえ。
俺は俺の気持ちを隠す事でいっぱいいっぱいだというのに、どうしてこうお前は、ズカズカと内側を荒らしてくるかなあ。
そっとしといてくれねえかなあ。ああもう。
「あーそうですか、チョッパーの前で俺に抱き締められたのが泣く程嫌だったって事かよ」
「…なんでそうなるかな…言ってねえだろ誰もそんな事は」
「じゃあ言えよ言えんだろ!人がこんな気遣ってやってんのによお」
「別に頼んでねえし」
「おっ前…マジで今クソ可愛くねえぞ」
売り言葉に買い言葉ってやつだ。苛立ちが互いの言葉からどんどん溢れ出た。
だからさ…今、お前の我が侭に付き合ってる余裕ないんだって。俺は頭を抱える。
まあサンジも「お前の意地には付き合いきれねえ」と思ってるんだろうけど。
「…あ~…もう…」
サンジが頭をガリガリとかきながら項垂れた。相当イラついてるみたいだ。
そうさせてるのが俺だと思うと、俺も全然いい気がしなかった。
「ちげえんだよ。俺はこんな事言いに来たんじゃねえ」
サンジは自分の両頬を掌で「ぱんぱん」と叩いた。
イラついてるのは、そうか、俺にじゃなくて自分に、なのかな。
「…お前がさ、誰かに泣かされてんだとしたらさあ」
「…」
「俺はそいつがクソ許せねえし、蹴り飛ばしてやりてえわけ」
短気ならではの思考回路だ。
でもそう思ってくれるのは純粋に嬉しかった。
慌てて、嬉しさが顔に出ないよう小さく咳払いをした。
「それを、お前がいつでも俺に言ってくれればいいなって…思ったんだよ、悪いかよっ」
機嫌悪そうに言うのは、恥ずかしさを誤魔化しているからだとすぐに分かった。
「…で、言ってくれねえから…拗ねた。イラついてごめん」
「…」
昔はあんなにこじらせていたというのに、随分と素直に謝るようになったもんだ。
サンジの成長ぶりに純粋に感動してしまった。
…そうだよサンジは、いつだって一生懸命、俺に接してくれていた。
勝手だなとか、見当違いだなと思うことはあっても、俺はいつもそういうサンジの優しさを待ってたんだ。
「俺も…ごめん」
苛立った空気はお互いのごめんの言葉ですっかり消えた。
残っているのは、妙な恥ずかしさだ。
沈黙に耐え切れず、サンジが「ええと」と言った。
「次は、ちゃんと俺の所来いよ。…ああ、来れそうだったらでいいけど、うん」
一人頷くサンジに、俺は短く「分かった」と返した。
そんな言葉一つで、サンジは笑う。その笑顔に罪悪感が一層重たくのしかかった。
何をしていたのかも、何で泣いていたのかも、結局言わないまま俺はまた、やり過ごすつもりなんだ。
俺なんかを探して、ここまで来てくれたサンジに、全部隠して。
「よし、昼飯の準備でもすっかな」
立ち上がり、サンジは両腕を真っ直ぐ伸ばした。
きっと俺が泣いた理由を聞きたくて仕方ないだろうに、最後まで笑って「飯時はちゃんと来いよ」とだけ言った。
扉に手をかけるサンジを見て、どうしてかその後ろ姿に「待ってくれ」と、声をかけてしまった。
声をかけてから何で呼び止めてんだろう俺、と我に返る。
「…おう、どうした」
サンジは振り返るが、続く言葉が何もない。
当たり前だ何で呼び止めたのか分かんねえんだから。
だけどサンジは、待ってくれた。
飯の準備で急がなきゃいけない筈なのに、わざわざもう一度しゃがみ直して、急かす様子もなく。ただ黙って、待ってくれた。
「…俺、俺さ…」
ちょちょちょ、ちょっと待て俺よ。
言う気か?本気か?今何をしてたか、言っちゃうのか?言ったら後戻りできねえぞ?
考え直せ一回深呼吸しろ。やめとけって!
「……サンジ…俺」
必死で俺を呼び止める俺の声が聞こえる。
だけど俺はもう言ってしまいたいという気持ちで胸がいっぱいだった。
それは結末を急いてるせいでも大逆転ハッピーエンドに賭けてみたくなったせいでもない。もうこの罪悪感の置き場をどうしていいか分からなくなってしまったからだった。
「…俺、最低、で…あの…」
言ってしまったらどうなるだろうという恐怖で俺の喉は震えた。
サンジは心配そうに俺を見つめる。
ゆっくりと、俺の手をサンジの手が包んだ。
「…サンジ」
また、視界が揺れる。
もう散々泣いたのに、一体この涙は何処から湧いてくるんだろう。
「…ウソップ?」
「っ…ごめん、サンジ、俺さあ…」
「ウソップ」
サンジが強く、俺の名前を呼んだ。
「あのな、絶対お前は最低じゃねえから。そこだけ訂正しろ、な?」
握られた手が、じんわりと暖かい。サンジの言葉に声を出さず頷くと「よし」と言われた。
「いいぞ。言えるまで待つ」
手は繋がれたままだ。サンジはじっと、俺の言葉を待ち続けてくれた。
ああ俺お前が大好きだよ。好きで仕方ない。この手、ずっと、離さないでほしい。
「………さっきまでここで、一人でしてた、俺…」
お前の事考えながら。続く筈だったその言葉は、どうしても言えなかった。その代わりに握られた手にほんの少し力を込めた。
ああこの手が前触れもなく離れてしまいませんように。
「……おう…」
戸惑っているのが顔を見なくても分かる。サンジは俺になんて言ったらいいか分からないんだ。
…そりゃそうだよ。こんな事告げられたってどうしていいか分かんねえのが普通だ。
この手を払いのけられないだけ、今は有難いと思おう。
「あの…それだけ?」
見上げると、頭の上にでっかいクエスチョンマークを乗せたサンジが首を傾げていた。
「別にそんな報告するような事じゃ…あ、まさか初めてっつうオチか?」
「はっ、はっ、初めて、じゃねえよ」
「じゃ何でそんな事で泣くんだよ」
俺にとっては一世一代の告白だと言うのに、サンジのこの反応はどうだ。
オ、オ、オナニーって、そんな、軽い、もんなのか。
認識の違いに戸惑っているとサンジが突然「分かった!」と感嘆の声を上げたので、俺は思わず顔を上げた。
サンジは手をぽんと鳴らし、閃き顔をしている。
「…うん。でもな、やっぱり最低じゃねえよお前は」
優しい顔をしてみせたサンジに、訳も分からないまま頭を撫でられた。
…こいつ何が分かったんだろう。
「…もしかして、あの…いってない?まだ」
申し訳なさそうにサンジが尋ねてきた。
黙って頷くとサンジは「…ごめん」と言いながら、また頭を抱えた。
「間がクソわりぃ…俺」という呟きが聞こえたので、俺もそう思うよと内心頷いた。
傷付きそうだから言わないでおくけど。
「…あのさ」
サンジが頭を垂れ下げたまま、言った。
「手伝ってやろっか」
その言葉の意味が分かるまで数秒かかった。
…て、て、て、手伝うって、さっきまでの、あれを?サンジが?
涙は止まったが、今度はドクドクと脈がとんでもない速度で打たれ始めた。
さっきまでのいかがわしくて思い出したくもない汚れた想像が全部丁寧に脳内で再生された。
な、な、なんだよこれ。本人登場ドッキリかよ。
「………だ」
「だ?」
聞き返してくるサンジの顔が少しだけ赤い。いや俺の方が赤いと思うけど。いやそんな事今はどうでもいいけど。
「だ、めだ」
「…なんで」
サンジがこれでもかと俺の顔を覗きこんでくるので、両手で顔を覆った。
なんでって、なんでってお前!そんな見るんじゃねえよ!あ、あ、あっち行け!
「…もう、収まってるから…いいです」
「…」
物音一つにさえかき消されてしまいそうな声で、ぼそぼそと喋るのが精一杯だ。
ならいいけど、とか言ってこの場を去ってくれるかなと思ったけど、俺のささやかな願望は木っ端微塵に砕かれてしまった。
サンジは何を思ったか、俺の股間辺りを手の甲で唐突に撫でたのである。
「ふぉっ!!!???」
あまりにも急で何の心の準備もしていなかったため、全身が硬直状態になった。
顔を隠す為覆っていた手を恐る恐るどけると、悪戯っぽく笑うサンジがそこにいた。
「…うそつけ」
にっと笑うサンジを見て、俺は言葉を失った。
…恥ずかしくて、本当に恥ずかしくて、俺はこのまま気を失ってしまうんじゃないだろうか。
「んな死にそうな顔すんなよ。大した事じゃねえんだから。青春の一ページと思ってさ、な?」
大した事じゃない訳あるか。大事件だこんなの。
何で笑ってんだよ何だよ青春の一ページって手ぇどけてくれよお…。
「だぁから泣くなって!こんなん普通だ普通」
目一杯首を横に振るが「どんだけナイーブなんだよお前は」と溜息をつかれるだけだった。
サンジは相変わらずラフな態度で俺を励まし続ける。
「俺も初めて知り合いで抜いた時ゃそれなりに落ち込んだけどよ…ま、いいじゃねえか。気持ち良けりゃ何でも」
「………?」
サンジのその言葉が頭の中で何度もぐるぐる回った。何週かした後「あれ?「サンジの事考えながら」って、言えたんだっけ?」と思い返す。
…言ってない、よな?あれ、ばれた?何で?
と言うかばれたにも関わらずこいつのこの爽やかな表情はなんなんだ。
足場がガラガラと崩れていくような錯覚を覚える中、サンジはそんな俺には全く気付かない様子で、ケロリと続けた。
「むしろマリモは感謝してもいい位だな。オカズにして下さって有難う御座いますってよ」
「………え」
「っとに…俺ぁ羨ましいよクソ剣豪が」
………ああ………。
そっか、そういう事か。
サンジは俺が生まれて初めて、知り合いをネタに自慰をしてると…そしてつまりゾロをネタにして抜いてると、思ってるんだな。
…こんな、ドヤ顔を披露して。
さっきまで硬直していたのが嘘のように、全身の力が抜けていく。
こんな話があるかよ。お前の言動にいちいち肝冷やされる俺がアホみてえじゃねえか…。
「…自分でやるより、いいと思うけど。…どうよ」
もう一度サンジが俺の股間に手を当ててくる。
今度は奇声こそ漏れなかったが、肩が勢い良く跳ね上がった。
サンジが俺を見る。長めの前髪から覗くその目に、簡単に心を射抜かれる。
じっと見つめられるだけで、こんなにドキドキする。
…悔しい。俺はいっそお前を殴ってやりたいよ。
「………」
相変わらず勘違い絶好調のサンジの誘いに、返事もしないまま、俺は兎に角思考を張り巡らせた。
…もし、もしもだ。
俺がここで頷いたらこいつは、勘違いをしたまま、それでも俺に触ってくれる。
何度も俺に「大した事じゃない」って言い聞かせながら、きっと優しく、なだめるように触ってくれる。
だけど俺が、サンジの誤解を解く為本当の事を告げたらどうなる?
こいつは驚いて、後ずさって「誰でもいいのかよテメーは」とか言って幻滅されて…この場から去ってしまうかもしれない。
それだけならまだいい。今後一切、口を聞いてくれないかもしれない。一生避けられるかもしれない。
…そんなの絶対に嫌だ。俺には耐えられない。
いっそ何も言わず逃げ出してしまおうか。
…いや駄目だ。しつこく追い掛け回された挙句逃げた理由を根掘り葉掘り聞かれるに決まってる。
っつうかそれ以前に勃起したままここから出られる訳ねえし。
俺が黙ったままでいると、サンジは焦れたのか「返事しろ鼻」と催促してきた。
「…」
…だめだ。だめだったら。目見ちゃだめだ。
自分の意志の薄弱さをなめんなよ俺。流されるだけなんだから。
「…サンジ」
だめだって。サンジの優しさを利用して、甘えようとすんなよ。
…でも、もう俺は分かってた。俺を止める俺の声が段々小さくなっている事も、俺が次に言ってしまうだろう最低な言葉も。
「………て、手伝って…」
罪悪感の代わりに高揚感で体が震えた。
なあサンジ。俺はやっぱり最低だよ。
自分を罵倒するのも後回しにして、頬に触れるお前の手の温度をひたすら、必死に追いかけてるんだ。
「…目、瞑ってろ」
なんでと聞き返す前に、片手で両目を覆われた。
サンジの手のひらで視界は真っ暗になり、感覚だけが体を這う。
「気、使わなくていいからな?ゾロにされてると思ってればいいから」
耳元でサンジの声がする。
さっき想像していた台詞とはまるで違うけど、それでもその声の低さや耳にかかる息の感触は、凄い威力で俺の心臓辺りを攻撃してくる。
ゆっくりとチャックが下ろされる。
音でしか分からないのにどうしてこんなにドキドキしているんだろう。見えない事で想像力が掻き立てられるんだろうか。
この次の瞬間に来る感覚を、俺は待ちきれず、瞼の裏に思い描く。
「…っ」
下着の上から優しく撫でられてる。
最初は被さるだけだった指の力が、段々強くなるのが分かった。
気持ちいいところを探すように、丁寧に動き回る手の感触がたまらなくて、声が漏れないようにするので必死だ。
サンジは何も予告しないまま下着の中に手を入れた。
人の手によって性器を触られるという初めての感覚に、思わず息を止めた。
こんなに恥ずかしい、のに、気持ちよさに身がすくむ。
「あ…」
情けない声が漏れたので、慌てて自分の口を両手で抑えた。
でもサンジはすぐさまそれに気付き「我慢すんな」と言った。声を出さないまま首を横に振るが「大丈夫だから」と促された。
「んな小さい声誰にも聞こえねえから。手どけろ」
両目を塞いでいた手がそこから離れ、今度は両手をどかそうと俺の手首を掴んだ。
「や、やだ…」
「てめえ我慢してたらいけねえだろうが」
「…声、聞いたら、お前…引くもん…」
俯きながら言うと、軽く小突かれてしまった。
サンジは少し怒った様子で「次そういう事言ったらオロすぞ」と俺をたしなめた。
「気が散漫な証拠だな。集中しろよバカ野郎」
サンジは、服の中だというのに器用に下着をずらし、手のひら全体でゆっくりと俺の性器を握った。
…自分でやるのとは全く違う。こんなんで、もう、いきそうだ。
「あっ…ま、待って、サンジ」
「…言う事聞かねえなぁ本当…」
ギロリと睨まれる。けどその顔は、俺の目にはこの上なく格好良く見えてしまう。
倉庫の薄暗さのせいなのか、いけない事をしている気が、凄くした。
今更ながら、好きな人に触られているのだと意識して、それだけで胸がこんなに苦しくなる。
「…サンジ」
胸の内の、汚らしい感情が今にも漏れてしまいそうで、俺は固く目を閉じた。
これは俺の想像なんかじゃない。想像で、こんな気持ちいいわけない。
「サ、ンジ」
目を閉じたままもう一度呼ぶ。
名前を呼ぶ度に少しずつ、サンジの手の速度が増していくような気がした。
「…だから、気…使わなくていいって…」
そう言いながら、サンジが短く「クソ…」と呟くのが聞こえた。
「お前のしごいてんのは俺じゃなくてゾロだっつってんだろ。集中しろよ」
霞む思考回路で、サンジの言葉の意味を必死で追いかけた。
…何でここでゾロ?ああそっか。俺はゾロをオカズにしてるっていう設定なんだっけ。
そんなん、もうどうだっていい。全部吹っ飛んで消えればいい。
微かに香る、何度も嗅いだ事のあるこの煙草の匂いと、この低い声が、今の俺の全部なんだから。
「サンジ…」
好きだよ。
「…サンジ」
大好きだよ。
俺にはもうそれしかない。それだけでこんなに、体が熱くなる。
耳にまとわりつく湿った音を聞きながら、サンジのスーツの裾を、ぎゅっとつまんだ。
「………頼むから、名前、呼ぶな」
サンジはかすれた声で、ゆっくりと言った。
ああ俺、調子に乗って気分悪くさせたのかな。やっぱり口塞いでおくべきだったんだ。
「…キス、したくなるから。名前呼ばれたら」
悲しい気持ちが津波のように押し寄せる寸前、サンジが俯いたままそう言った。
小さく舌打ちの音が聞こえたかと思うと、どこか余裕のない、苦しそうにも見える表情でサンジは顔を上げた。
「次呼んだら、分かんねえからな。分かったかクソっ鼻」
ごつ、と音を立てて額がぶつかった。
サンジの呼吸の音が目の前で聞こえる。
再開された手の動きを頭の中で追いかけながら俺はひたすら思った。
キスしてほしい。名前を呼びたい。
なあサンジ。だって俺はお前が好きなんだよ。
「…サンジ」
「……てめえ…」
ドスを聞かせた声だったが、その顔には怒気がない。
力が入らない腕を何とか持ち上げ、俺はサンジの頬を自分の手のひらで包んだ。
「サンジ」
好きな人の名前を呼んだ。大好きなんだと、心の中で何度も唱えながら。
卑怯なのは百も承知なんだけど、いっそこのまま押し倒してくんねえかなって、うっすら考えてる。
サンジはギロリと睨んだ後、俺の性器を今までより乱暴にしごいた。
「っあ…っ」
「っの野郎…次呼んだらオロすぞ」
「…あ、あ…」
サンジの頬に手を当てたまま、今にも崩れ落ちそうな両足に必死で力を入れ続けた。
乱暴な筈なのに、痛みを感じる事はなく気持ちよさだけが増す。なんでだろう。
「…クッソ、声やべえなお前…」
想像していた時と同じように、サンジの息遣いは荒くなっていた。
心臓が、ぎゅっと音を立てる。
万が一、いや億が一でもいい、サンジが興奮している理由が俺なんだとしたら、俺は卒倒するくらい、嬉しい。
オロされてもいい。お前になら。だからさ。
「サンジ」
真っ直ぐ目を見つめたまま名前を呼んだ。
今度はもう、忠告はなかった。
サンジは少し驚いた顔をしてみせたが、何かを吹っ切るように小さく息を吐いて…俺をオロす代わりに、キスをした。
「…、ん」
一気に脳天まで痺れた。
今までで一番、直接的にサンジの匂いを感じた。角度を変えて触れる唇が、何度も俺の心臓を殴るように刺激する。
俺、今、好きな人とキスしてる。そう思うだけで涙が出そうになった。
「…ウソップ」
ゆっくり離れたサンジの唇が、俺の名前を呼ぶ。
目は開けられないまま、でもサンジの首元にしがみついて、俺は気絶しそうなこの一瞬を決して手放さないよう、霞みがかる意識の中で小さく頷いた。
もうこんな事は、生涯ないかもしれない。
いつか誤解が解けて、サンジが俺を好きじゃなくなるかもしれないなら、尚更。
今、この手を離しちゃいけないんだ。
「なあ、ウソップ」
息を継ぐ為、キスは何度か途切れた。
その度にサンジが俺の名前を呼ぶものだから、俺の胸はもう、今にもはち切れそうになる。
もうずっと前から、俺の性器は訳も分からない液体でグショグショだ。
いきたくて両足がガクガク震える。…サンジがこれに気付いてたら恥ずかしいな。
「…もう、俺にしとけよ」
耳元にサンジの息がかかる。そのすぐ後、耳たぶを軽く噛まれた。
初めて感じたその感覚は、まるで電流が流れてくるみたいで、思わず声が出た。
「あっ!…サ、サンジ…っ」
「好きだよ、好きだ、なあ」
「ま、待っ…あ、あ…いっ、いく…」
サンジの手が、次から次へと激しい快感を連れてくる。
抗う術を持っている筈もなく、俺は簡単にてっぺんまで追い詰められてしまった。
「いっ…いく…、あ……」
「…っウソップ」
いってからキスをされたのか、それともその逆だったのか、よく覚えてない。
サンジは、俺の精液まみれになってしまったその手を拭う素振りも見せず、その後も随分長い間キスをしてくれた。
後悔も恥ずかしさも吹っ飛ばして、ただひたすら余韻と脱力が体を襲った。
ゆっくり崩れる体をサンジは支えてくれた。
支える腕のその先、精液でぬるぬるになったサンジの手が視界の端で見えた。
…うげえ、汚ねえ…そんな汚れた手放っといて真っ先に俺の体支えてくれるなんて、根っからの紳士だなあ。
ぼうっとその手を眺めていると、突然ハンカチを差し出された。
「……捨てていいから、これで拭け」
「…え、いいのか」
まだ残る脱力感のせいで、体がノロノロとしか動かない。ハンカチを受け取る動作がゆっくりになってしまった。
ハンカチを受け取り、でもやっぱり気が引けて使えないまま手の中で持て余していると、やけに小さな声で名前を呼ばれた。
「………ウソップ」
目線を上げると、片手で顔を隠すサンジがいた。
「………ごめんな………」
…どうしてそう思ったか、自分でも分からない。
でも俺には、その声が泣いているように聞こえた。
何にも返さないまま、俺はサンジに沢山のものをもらった。
その罪の重さは多分、計り知れないもんだろう。俺が思っているより遥かにきっと。
大好きな人を俯かせてるのは誰だよ。俺だろ?
サンジの謝罪の言葉を聞きながら、俺はもう、こんな自分を許しちゃ駄目だと強く思った。
卑怯な自分はウンザリだ。
全てを告げて沢山のものを失うっていうなら、今まで貰ったものを、何一つ失くさなきゃいい。
そこからまた、始めればいいんだ。
…できるさ。
できるよ、こんな好きなんだから。