「ウソップ、好きだぜ」
朝食が食卓に並ぶ途中、最後の皿をテーブルに置く瞬間に突然サンジが「そういえば」という言葉が頭に付きそうな軽さで、俺を見ながらそんな事を言った。
もちろん俺は目が点である。点になった目でサンジをぽかーんと見つめた。席に着いていた他のみんなもぽかーん。その視線を四方から注がれるサンジはきょとーん。
「…なに?サンジくん…どういう意味?」
ナミがとびきりデカイ雨雲を見つけた時みたいな顔をしてサンジに尋ねる。その表情はこれから大時化がやってくるのを予知した航海士の顔そのものであった。
「そのままの意味ですよ。テメェらもいいか、こいつは俺がツバつけてんだからな、手ぇ出したりすんじゃねえぞ。もしその気があんならかかってこいよ正々堂々受けてたってやる」
いかん。これはいかん。昨夜きっとサンジは海の悪霊かなんかに取り憑かれてしまったに違いない。それか船のどこかで頭を強打したか、なんかヤバイものを食ったか。いかん、医者だ!医者を呼べ!
「俺もウソップ好きだ!好きだとツバ付けんのか!?」
トンチンカンなことを言って思い切りベロを出し、俺に飛びつこうとしているのは言わずもがな我らが船長である。唖然としていた俺は初動が遅れルフィを押し退け損なってしまったが、俺の顔にルフィの唾がつくことはなかった。サンジの足が素早くそれを阻止したのである。
「なに舐めようとしてんだ、オロすぞ」
「サンジも舐めたんだろ好きだから!じゃあ俺も舐めるぞ!サンジにもツバつけてやる!」
「やめろクソ汚ねえ」
「なんでだよ!お前だけズリィ!」
ルフィは意味分かってねえしサンジも説明してやんねえしお前ら全然噛み合ってねえし。なんなの、なにこれ?俺は全く意味がわからないまま、ただそのやりとりを見ていることしかできなかった。
「…よし。じゃあテメェら食え。ナミさんも召し上がれ」
仕切り直すようにサンジがそう言うので、みな意味がわからないまま不揃いの「いただきます」を唱える。食卓にはカチャカチャと食器同士が当たる音だけが響いて、謎は深まるばかり、まさに怪奇、ミステリー。誰も解明できないままであった。
まあ時間が経つと多少は気にならなくなり、さっきのことは夢か幻聴かなんかだろと、昼過ぎくらいには適当に片付けることができるようになっていた。今日は武器の開発をしようと前日から決めていた俺は、朝の一件なんぞ全く気に留めずウソップ工場へと向かった。
扉を開けると中でサンジがタバコを吸っていた。ラップのかかったボウルの中にはタレに漬け込まれた肉がたっぷりと入ってる。多分一仕事終えたところなんだろう。夜は肉料理かな。どんな料理が出てくるのか想像しながら「邪魔するぜい」と言って、俺はサンジの後ろを通り過ぎた。
「おう、ウソップ」
サンジの態度も至っていつも通り。うんうん良きかな。やっぱりお前さっきは頭おかしかっただけなんだなぁ。治ったみたいで嬉しいよ俺ぁ。
工場の真ん中で胡座をかき、必要な材料を箱の中から取り出す。アレとアレをこうしたら、きっとアレがこうなってああなる筈なんだよな。昨日閃いたナイスアイディアを頭の中でなぞりながら手を動かしていると、背中側からサンジが声をかけてきた。
「お前、どんなケーキ食いたい」
今日のおやつのことを言っているのか。珍しいな、サンジが男にメニューのお伺いを立てるなんて。俺は少し不思議に思いながら「どうしたよ?」と言って笑った。
「俺はナミじゃねえぞ?いつもそんなの聞いたりしねえだろ」
「あ?今日はテメェの為に作るんだからテメェに聞かなきゃ意味ねえだろ」
「え、なんのこと?」
さっぱり分からず後ろを振り向いてサンジを見る。サンジは溜息をついてタバコの火を消すと、呆れながら付け加えた。
「四月一日だろ」
その言葉にハッとして、いつもはあんまり気にして見ていない壁掛けの日めくりカレンダーに目をやる。大きく「1」と、その上に小さく「4」と書かれているのを見て合点がいった。おおーほんとだ、今日は俺様の誕生日じゃねえか!
ダイニングの壁にかかっているそれを捲るのは大体いつもサンジの役だ。捲ったその時にきっと、サンジも「ああ」と思い出してくれたんだろう。ありがたいねぇ嬉しいねぇ。
「ふむ、実に素晴らしいよサンジくん。よく気づいた。花マルをあげよう」
「どんなケーキがいいか聞いてんだよ」
「えーと…んーと…白くて丸いやつ!」
「ショートケーキ?」
頷くと「了解」と言われ微笑まれた。なんだかやけに柔らかいその笑顔にちょっと驚いて、俺は意味のない咳払いを一度した。
…は!そういや嘘つかねぇと!今日は俺様の華麗な嘘を炸裂させなければいけない日だ!どんな嘘つこうかな、ふっふ、この船の全員を鮮やかに酔わせてやるぜ。
謎の闘志に燃えている途中、今朝のことをふと思い出して気付いた。気づいた瞬間アチャーしてやられたと思った。ああそうだ、そうだったのだ。一年に一度しかない今日、記念すべき一発目を見事サンジに盗られてしまったわけだ俺は。してやられた!策士め!
「おっまえ、ズリィなぁ」
「あん?」
「朝のあれ、嘘ついたんだろ?クソ~、一番最初をお前に譲っちまった!」
笑いながらそう言うと、サンジも笑って「おう、一番貰ったわ」と返す。なんだよ全く、ホント抜かりない奴だな。そう思いながらも少し楽しかった。サンジがそういう子供っぽい遊びに密やかに興じていたことが、なんだか嬉しかったのだ。
「俺もここから巻き返すからな。見てろよ」
「ふうん?」
なんと憎たらしい。見ろこのコック、余裕の構えである。クソ~絶対今日中になんかしら騙してやる。呆気にとられた顔させてやる。
「じゃあネタもバレたし。そろそろ今朝の嘘は解除していいか?」
「だはは解除もなにも。いいよ、お疲れさん」
そして体を前に向き直し、俺は止まっていた手を動かす。この武器の開発が終わったら作戦を練って、クルー全員に楽しい嘘を吐いて回ってやろう。どんな嘘をつこうかな。みんなの騙される顔を想像しながら一人ほくそ笑む。
そんなことを考えながら両手を動かしていると、突然後ろから肩を抱かれた。右にはすぐ側にサンジの顔。あんまり急でちょっとギョッとした。
「な、なんだよ」
「今朝言った「好き」ってのは、嘘だ」
なにをそんな丁寧に。ネタがバレた時点でハイおしまいで良いじゃねえか全く。
「へいへい分かりました。まんまと騙されましたよサンジくん。さすがですね」
やや呆れつつも敗北宣言をしてやると、サンジはニッと笑って頷いた。っか~、ガキか!そんな嬉しいか!やだやだと思いつつ微笑ましくもなってしまった。無邪気な遊びに付き合うのは、やっぱり俺も楽しい。
「大好きだ」
前後の脈絡をまるで無視したみたいに、いきなり真面目な顔と声で、サンジがたった一言、そう言う。
俺は今朝と同様、ぽかーんである。ぽかーん再来である。
「…うん?」
「今度はホントな」
「…うん?」
サンジは満足したのか俺の肩を解放して立ち上がり、その場でタバコの火をつけた。いやいやいやいや、ちょっと待て、なんだなんだ、説明しろ。フゥ~じゃねえわタバコ吸ってないで説明しろ!
「今朝な、もしお前が少しでも難色示したら嘘だっつって終わりにしようと思ってたんだけどよ」
ありがたいことに説明が始まったみたいなので黙って聞いた。ふむふむそれで?ちなみにここまで聞いただけじゃちっとも分からないぞ。いいかちっともだ。
「なんかお前の反応見てたら、これイケるかもと思って。だから今日、たった今から本気でいくことにしたわ」
ふむふむ。それで?………え、それで?なに?え、説明終わり?
「…そんなんでわかるかーーーい!!」
しこたま豪快にツッコミを入れてやったが、俺に手の甲で叩かれたサンジは「いてっ」と言って、それからムッとした表情で「いきなりなんだよ」と文句を垂れた。いや文句言いたいのはこっちだわ!お前のギャグはなっとらん。観客に笑ってもらおうという気概が全く見えてこん。全くもってなっとらん!
「全然わかんねぇよ説明不十分過ぎんだろうが!どういう世界観のギャグだよ!」
「は?」
サンジの顔に急に青筋が立つ。え、怖っ!なんなんだよ俺間違ったこと言ってねぇぞ!
「此の期に及んでまだギャグとか言ってんのかテメェ…オロすぞ」
ギャグじゃなかったらなんなんだよ、まさかお前が本気で俺のこと好きだとでも?史上最強の女好きのお前が俺を好きって、そんな訳あるかーい!
脳内で丁寧な一人ツッコミをしているとサンジがしゃがんで俺の胸倉を掴んだ。思わず「ヒッ」と声が出てしまったが、サンジはそれを気にも留めずに、何故か、本当に全く意味がわからないが、顔を傾けて俺にキスをかました。
「…ずっと前から好きだった。今日から本気出すっつってんだ」
「………」
「まだ説明が必要か?」
「…いいえ」
まさかお前が本気で俺のこと好きだとでも?史上最強の女好きのお前が俺を好きって、そんな訳………あ、あんのかーい。脳内一人ツッコミのボリュームは、さっきの百分の一になってしまった。
サンジの顔が目の前で赤くなっていくから、俺もどうして良いか分からないままつられて赤くなる。…俺、告白されちまった。しかもキスまで、されちまった。
四月一日に嘘じゃなくて真実を言われてしまった場合って、ど、どうすりゃいいのよ。