「あいベストショットいただきましたー」
「…あー…はは……」
今日は臣クンの誕生日。俺たちの真ん中にデデンと置かれたケーキは、何を隠そう本日の主役である臣クンが作ってくれたものだ。
ケーキを綺麗に人数分に切り分けてから、臣クンは万チャンの方を向いた。
「…万里。ほら、俺切り終わって手が空いたからカメラ変わるよ」
「はいーその顔もいただきー」
臣クンがいつも持ってるカメラは、今は万チャンの首にぶら下がってる。万チャンの人差し指がシャッターを押したのは、果たしてこれで何回目だろう。
「万里のことも撮ってやるから、な?ほら」
「いやだから渡せねーんだわ。秋組全員で多数決取った結果だからコレ」
万チャンは意地悪な顔をして笑う。臣クンは困った様子で「…んんー…」と唸った。
秋組みんなで話し合って、今日は臣クンの写真をたくさん撮ろうってことになった。
今でもほっとくと、臣クンはレンズのこちら側にはほとんど来てくれない。せがむようにして引っ張り出しても一、二枚一緒に写ってくれるだけで、あとはまたカメラを覗き込む役に徹してしまう。
ねえ臣クン。臣クンはみんなのこと撮ってる時さ、今の笑顔いいなぁとか、形に残しておきたいなぁとか、思うでしょ?…それ、俺たちも一緒なんだ。俺たちも臣クンの沢山の瞬間を、ちゃんと残しておきたいんだ。
俺たちの写真が100枚あるならさ、臣クンの写真だって、100枚なきゃいけないんだよ。
「…やりづらいなぁ…はは…」
「自然体自然体。はい本日の主役がケーキ口に運ぶとこ激写ー」
万チャンが楽しそうにカメラを構えているのに対して、撮られてる臣クンはずいぶんぎこちない。困った顔で口元を隠したり、少しだけそっぽを向いたりを繰り返してる。
なんだかその様子が見てると楽しくて、俺は我慢できず自分のスマホのカメラを起動した。
「臣クン撮ってる万チャンを激写ッス!」
俺のスマホからシャッターを押す効果音が響くと、左京さんが笑いながら「パパラッチ軍団か、てめえらは」と言った。
「パパラッチってなんだっけ」
疑問をそのまま声に出すと、すかさず臣クンが答えてくれる。
「ほら、芸能人とか付け回して写真撮る人のことだよ」
「はー!まさに今の万チャンそのものッスね!」
「七尾、お前はなんでそんなにものを知らねえんだ、もっと勉強しろ」
「はい臣の作ったケーキ食いながら説教する左京さんいただきましたー」
万チャンが調子に乗って左京にぃを数回撮る。左京にぃは万チャンの方にガンを飛ばしながら「んなつまんねえもん撮るな」と言った。
「あ、十座サン鼻の頭に生クリームついてるッス!」
「ん?」
十座サンが指でクリームを拭ってしまう前に俺はシャッターボタンをタップした。スマホの画面には赤鼻ならぬ白鼻の十座サンが写っている。
…ああ、今ならわかる。撮ったデータを見返しながら微笑んでる時の臣クンって、きっとこんな気持ちなんだろうな。
「どういう食い方したらそうなんだよ、鼻から吸ってんのかよ、象かよテメエ」
「鼻から吸う訳ねえだろ何言ってんだお前」
「ものの例えだよ!なんでいつも話が通じねえんだよテメエは!」
「お前の話し方が独特なだけだろ、俺のせいじゃねえ」
「あぁ!?」
「あぁ?」
万チャンと十座サンは今日も今日とて喧嘩に余念がない。テーブルを挟んで睨み合う二人のことを、俺は少し後ろに下がってから撮影した。
「太一!撮んじゃねえよ!」
「見せもんじゃねえ、撮るな」
「あはは、同じタイミングで同じこと言ってる」
喧嘩するほど仲がいいって言葉は、万チャンと十座サンの為にあるようなものだ。こちらに顔を向けて抗議する二人をもう数枚撮っていたら、二人の向こう側で、ため息混じりに笑ってる左京にぃと優しい顔で笑ってる臣クンが見えた。
なんだか俺はたまらなくなって、だから、誰にも内緒で四人のことを一緒に撮った。
「…ねえ!五人で一緒に撮ろうよ!」
俺の提案に一番最初に乗ってくれたのは万チャンだった。
「おーいいじゃん撮ろうぜ。臣、これセルフタイマーセットして」
「ああわかった。どうしようか、どこに並ぶ?」
臣クンが万チャンからカメラを受け取って立ち上がる。
「こっちのソファに五人座れんじゃないすか。あ、その前にその一切れ先に食っていいすか」
「誰も取ったりしねえから後にしろ。あと顎についてるぞ、また」
「っす」
十座サンと左京にぃが会話しながらソファの端の方へ詰めた。俺は二人とは反対側の端っこに腰を下ろす。それからテーブルの向こう側にいる万チャンと臣クンを手招きした。
「万チャンは俺の横!臣クンは真ん中ッスよー!」
「へーへー」
万チャンが俺の隣に腰掛ける。
臣クンはカメラのパネルを覗きながら丁寧に位置を調整していた。
「臣ー、早くー」
「ああ、もうちょっと…」
「臣クン、みんな入りそうッスかー!?」
「……」
俺の問いかけに、臣クンは答えない。どうしたのかと思いもう一度名前を呼ぼうとした瞬間、カメラを見つめたままの状態で、臣クンは言った。
「…俺、秋組でよかったよ」
臣クンの言葉に、俺たち四人は少しだけ顔を上げる。
「みんなのことが大好きだ、俺」
そしてカメラから俺たちの方へ向き直った臣クンは、今世紀最大、史上最強の、メチャクチャ素敵な笑顔で笑った。
「……」
心臓を鷲掴みにされるって、きっと、こういうことを言うんだ。何にも言葉にならないまま、目が釘付けになる。
「………んなこたいいから!早く来いっつーの!」
万チャンが照れながら怒鳴る。
「あはは、ごめんな。よしセットできた。撮ろうか」
臣クンが急ぎ足でこちら側まで回ってくる。大の男五人が座るにはちょっと苦しいけど、それでも俺たちは互いに身を寄せ合って横一列になって座った。
「…つうか、カメラの前でもさっきみたいに笑えよ臣」
万チャンの言葉に俺も目一杯同意する。
「そーッスよ!さっきの臣クン、永久保存版だったッスよ!」
「ん?さっき?どんな顔してたっけ俺」
「太一覚えとけ、こーゆーのが天然タラシっつーんだ」
「おー!なるほど!ためになるッス!」
「おい、お前らカメラ見てなくていいのか。もうすぐだろ」
真顔のまま、恐らくだいぶ前からダブルピースして構えてくれていた十座サンが呟く。その表情とポーズが凄くミスマッチだったから、なんだかおかしくて、でも可愛くて、十座サンらしくて。「うッス!」と答えた後、俺は小さく笑った。
「伏見」
左京にぃが臣クンを呼ぶ。
「…そう思ってんのはお前だけじゃねえからな。覚えとけ」
左京にぃの言葉に臣クンが首をかしげる。
「…はい?」
「おら、カメラの方むけ。そろそろだろ」
そしてそれから数秒後シャッターは切られた。全員でピースした秋組メンバーが1枚分、いま形となってしっかり残った。
そのあとカメラのパネルを覗き込んで確認したら、なんだか全員少し照れた顔をしているように見えた。「お前が突然告ったりするから」と万チャンはイチャモンをつけ、言われた臣クンは頬をかきながら「ごめんごめん」と笑った。
でも俺、この写真好きだ。だってみんな同じこと考えてるんだなって、見ただけですぐ分かるから。
ねえ臣クン。みんなのことが、臣クンのことが大好きなのは、俺たちも一緒だよ。覚えといてね。忘れないでね。
お誕生日おめでとう。これからも沢山笑おう。沢山撮ろう。大事なもの、沢山残していこうね。
黄色いシール、俺っち山のように買っておいたからさ。安心してほしいッス!
□□□□□
「万里のやつ…いくらなんでも撮りすぎだ」
105号室に帰ってきたあと、カメラのデータを見返しながら臣クンは苦笑していた。そりゃそうだ。あの感じからするときっと万チャン、100枚くらいは臣クンの写真撮ってたんじゃないかな。
「あ、言っとくけど消しちゃダメッスよ臣クン!」
「はは、わかった。パソコンに今日のフォルダ作って入れておかなきゃな」
俺も一緒に写真を見たいところだけど我慢する。なぜならその前にやらなきゃいけないことがあるからだ。
ハシゴを登り、枕の下に隠しておいたものを取り出す。俺の行動に疑問を抱いた臣クンが「どうした?」と短く尋ねた。
「実は俺っちねー…」
ハシゴを下りながら、俺はゆっくりと答えを明かす。
「ある物を用意してたんスよ」
「ん?あるもの?」
「えへへ、ジャーン!」
腕をまっすぐ伸ばして、臣クンの方へ突き出す。俺の手の中にあるものを見た臣クンは「これ…」と小さな声を零した。
「手紙ッス!!」
そう。いま俺の手の中にあるのは白い封筒に入った手紙である。
誕生日のワガママはみんなで最高の一枚を撮ること、としか言わなかった臣クンに何をあげたらいいかわからず、考えに考えて、もらって嬉しいものランキングとかいっぱいググって、行き着いた答えがこれだったのだ。
「…俺のために書いてくれたのか?」
「うん。お金かかってなくて、その、ちょっと申し訳ないんスけど…」
「いや、嬉しいよ。…嬉しい。ありがとう太一」
臣クンが本当に嬉しそうに笑ってくれるから、俺も安心して息を吐く。
「へへ、もし良かったら俺っち今読むッスよ!」
「ほんとか?じゃあ頼んだ」
臣クンにそう言われ、俺は咳払いをしながら封筒の中の便箋を取り出す。
ちょっと恥ずかしい気もしたけれど、文字を追いかけている間は臣クンと目が合わないのだということに便箋を開いてから気づいて、少しほっとした。
自分の書いた字を見つめながら、俺は息を吸った。
「臣クンへ。
臣クンお誕生日おめでとう。いつも美味しい料理を作ってくれてありがとう。俺が投げっぱなしにしてた洗濯物を洗濯機に入れてくれたことあったね。俺が談話室のソファで寝ちゃった時、部屋まで運んでくれたこともあったね。学校の課題を一緒に解いてくれたこともあったね。それから風呂の電気つけっぱなしで左京にぃに怒られた時、一緒に謝ってくれたこともあったよね。いつも臣クンは優しくてあったかくて、俺はそんな臣クンに、ずっと支えられてきました。
臣クン。俺は、自分がこの劇団にしたことを、多分この先一生忘れないと思う。思い返す度に苦しくて、重たい気持ちになります。でもその度に臣クンのことも思い出すよ。あの時臣クンが胸を貸してくれたこと。「大丈夫だ」って言ってくれたこと。俺ずっと忘れないよ。臣クンに助けてもらったことを、これから先も絶対に忘れない。
臣クン。俺の毎日は臣クンといると黄色いシールだらけになります。臣クンのご飯食べると元気になる。臣クンに頭なでてもらうと嬉しくなる。臣クンが笑ってくれたらポカポカする。臣クンが幸せだと、俺も幸せになる。臣クン、いつも俺にたくさんのものをくれてありがとう。臣クンは俺の太陽です。俺はこれからも臣クンとずっと一緒にいたいです。
今日、臣クンにおめでとうが言えて嬉しい。来年も再来年も、その先もその先の先もおめでとうが言えたらいいな。
そうだ。誕生日のワガママはずいじ募集中ッス!
太一より」
最後の行を読み終わり、臣クンの方へちらりと目線を送る。すると臣クンは片手で顔を覆い俯いていた。
「…お、臣クン?」
臣クンの顔を覗き込もうとしてハッとした。よく見たらその手の指先が、ほんの少しだけ震えていたのだ。
「…」
「お、臣クン」
「……」
「…もしかして、泣いてる?」
「……いや……こらえてる」
急に愛おしさが込み上げて、いてもたってもいられなくなった。
指先に触れ、その手をそっと掴む。臣クンの手が退けられたその顔は、本当だ。泣く一歩手前の表情をしていた。
「…へへ、臣クンの激レアな瞬間を見ちゃったッス」
「…はは、そうだな」
目を赤くして唇をギュッと閉じる臣クンが愛しい。大好きの気持ちが止まらなくて、一体どうしたらいいんだろうと思った。…ああ、こういう瞬間に臣クンは写真を撮りたくなるのかなあ。
見惚れるように眺めていたら、突然臣クンに抱きしめられた。暖かくて力強い腕が背中に回る。俺も臣クンの背中に腕を回して、それからゆっくり目を閉じた。
「臣クン、お誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとう」
「手紙、字汚いけどもらってほしいッス」
「ああ、一生大切にする」
「あ、ねえ。追加のワガママなんか思いついたッスか?」
「…あはは、貰ってばっかりだからなあ。…うーん、そうだなあ…」
臣クンはしばらく考えてから、ポツリと答えた。
「俺がいいって言うまで、このままでいてくれ」
まったく、臣クン。
そんなのワガママって言わないよ。ああもうなんか俺まで涙目になってきちゃったじゃん。
…どうしてくれんスか。