風呂上がりの濡れた前髪が視界の上の方で揺れている。それをぼんやり見つめながら、自分の気持ちをはっきり自覚したのはいつだったろうと考えた。
秋組第一回公演の時、俺がしていた最低な行為を一番最初に吐露した相手が彼だった。その胸で泣いてしまった俺に「大丈夫だ」って言ってくれた。あの時に俺、こんなに優しい人がいるんだって思った。こんな人出会ったことない。酷いことしたのに、責めるような言葉は一言もなかった。それどころか「気づいてたのに何もできなかった」って言ってくれた。こんなに優しい人、他に知らない。嫌われたくないって思った。こんな優しい人に嫌われたら俺絶対に立ち直れないって思った。
いつの間にか俺、このカンパニーの一員でいたいって強く思うようになった。GOD座にいる時の何百倍もあったかくて、幸せで、脅迫文を作ってる時や衣装を切り裂いてる時、心と体がチグハグになって自分が壊れるかと思った。
謝って許されるようなことじゃないのに、カンパニーを出ていけって言われて当たり前なのに、そんな事は誰からも言われなかった。
全部を告白した後、十座さんが「てめぇのことは許す」って言ってくれた。左京にぃは「つらかったな」って言ってくれた。万チャンは、ポートレイトもう一回やろうって言ってくれて、最後に俺に「お前はどこの七尾太一だ?」って聞いてくれた。
みんなのことがどんどん大切で大好きになる。
ねえ俺、どうしてもみんなと一緒に舞台に立ちたいよ。
稽古や公演、みんなとの毎日を積み重ねるたびに、今いるこの場所が大好きになった。大切な絆ができた。これから先もずっとMANKAIカンパニー秋組の七尾太一でいたいって思った。この席を誰にも譲りたくないって思った。
そして譲りたくないものの中に、彼の存在も当然のように、心の真ん中にあった。
秋組第二回公演で俺は準主役に選ばれた。GOD座の時には考えられないことだ。
頑張ろうって意気込んだし、みんなに俺のこともっともっと認めてもらえたらいいなって思った。
エキストラじゃない。通行人じゃない。他の誰でもない俺だけが演じることを許された物語の要となる役。女の子の役だったのはビックリしたけど、新しいことにチャレンジできるのが純粋に嬉しくて、それを見ててくれる仲間がいることが何より幸せだった。
主役に抜擢された臣クンが何かを抱えて悩んでるって気付いた。稽古中に考え事してたり、夜うなされてることもあった。なにか力になりたいって強く思った。臣クンが前俺に「大丈夫だ」って言ってくれた時、俺は臣クンに救われたから。少しでもそのお返しがしたかった。
俺なんかにできることなんてって、ちょっと前の俺ならきっと考えてた。でも俺だから演じられる役があるように、俺だからできることがあるかもしれないって、今なら思える。
ねえ臣クン。俺がこんな風に思えるようになったの、臣クンのおかげなんだ。俺、力になりたい。臣クンの力になりたいんだよ。
それから、たくさんの大事なことに蓋をしようとする臣クンを知った。一つ一つの中身は詳しくわからないけれど、どれも臣クンにとっては忘れられないことで、今の臣クンを形作る、きっと大事なかけらなんだって思った。
後悔も悲しかった出来事も、ぜんぶ何にも忘れないでいい。忘れないままずっと大事にしていいんだ。それを俺に教えてくれたのはカンパニーの人たちと、秋組のみんなと、臣クンだ。
バイクの後ろに初めて乗った。
見慣れた景色がこんなに違って見えるなんて知らなかった。風の音がこんなに大きく聞こえることも、ちょっとの話し声なんて簡単にかき消されてしまうことも。
海に着いて、二人でいろんな話をした。倉庫で見つけて持ってきていた三脚を組み立てて、いつもみんなを撮ってくれる臣クンのことを撮った。その時の臣クンの顔、今でもはっきり覚えてる。照れ臭そうに、恥ずかしそうに笑ってた。ちょっと困ったような表情で、でも笑顔でカメラの前に立つ臣クンを見て、俺、すごくドキドキしたんだ。かっこいいのに可愛くて、誰かに伝えたいのに独り占めしたくて、嬉しいのに胸が苦しくて、なんだかまるで恋に落ちたみたいだって思った。
帰りのバイクで臣クンが「秋組やカンパニーのみんなのことが大好きだー!」って叫んだ。嬉しくてお腹がムズムズして、俺も一緒になって「大好きだー!」って叫んだ。
なんでこんなに嬉しいんだろう。なんでこんなに臣クンといると、楽しくて幸せな気持ちになるんだろう。ねえ臣クン。「みんな」の中には、俺もいるって思ってもいいんだよね?臣クンの大好きなものの中に、俺もいていいかなあ?
…ああ俺、この気持ちの名前知ってる。好きってだけで心臓がジワジワ熱くなっていくこの感じ。
風がかき消してくれることを信じて、小さい声で言った。
「臣クン大好き」
俺にしか聞こえてないのに、自分の言葉に馬鹿みたいにドキドキした。ああ俺、臣クンが好きなんだ。どうしよう。すごくすごく大好きだ。
大きな背中にヘルメット越しの頭を預けて、この瞬間がずっと続いたらいいのにって考えてた。もうちょっと寮が遠かったらいのにって、ずーっと着かないままだったらいいのにって。
寮に着いてバイクを降りてから、ヘルメットを外した頭を臣クンが撫でてくれた。「太一、ありがとな」って言ってくれた。あの時俺、どんな顔してたんだろう。ちゃんといつも通り笑えてたかな。自分の気持ちが今にもこぼれてしまいそうで、そっちばっかりに気を取られて、臣クンの顔きちんと見れなかった気がする。
あの日、臣クンのバイクの後ろに乗せてもらって、夜の街を駆け抜けて、たくさんのテールライトを追い越して、人気のない海へ行って、写真を撮って、朝焼けに追われながら帰路をバイクで走った。
俺、この日のこと一生忘れないと思う。だって臣クンをたくさん知った日だ。臣クンを独り占めした夜だ。俺が恋をした日だ。
その日から実は結構大変だった。
なんでかって、気持ちを伝えるつもりがなくても勝手に好きの気持ちが外へ外へ漏れていこうとするから。しかも大抵の原因は臣クンにある。臣クンは天然タラシだ。断言する。好きになってからよぉく分かった。「タチが悪い」って言葉をこんなに正しく使えたのは初めてってくらい、臣クンはタチが悪い。
呼吸するみたいに「好きだ」とか「かわいい」とか言ってくる。理由もないのにじっと見つめてくる(しかも「なに?」って聞くと「かわいいなあと思って」って笑いながら言ってくる。その笑った顔も大好きだから二重三重で厄介だ!)。
それから意識してみると結構ボディータッチが激しい。俺も人によく「懐っこい」って言われるから、あんまり臣クンのこと言えないのかもしれないけど、なんていうか臣クンはそのキャラと行動にギャップがあるって言うか、こんなに触ってくれるの?って、ちょっと驚いてしまう。あの大きな手で頭を撫でられると胸が苦しくなるし、軽くハグなんてされた時はその男らしい体つきに改めて気づいてしまってドキドキするどころの話じゃないし…とにかく、俺からのボディータッチと臣クンからのボディータッチって全然違うと思う。上手く言えないけれど漠然と思うのは「ズルイ」ってことだ。
これらの行動を恋人でも何でもない俺にしてくるんだから、つまりは俺以外の誰にだってこういうことしてるって事なんだろう。一体何人の人が臣クンにドギマギさせられたことだろう。
この寮以外の臣クンのことはあまり知らないけど、きっと臣クンに片思いしてる人、俺以外にもいるんだろうなって思う。名前も顔も知らないその人たちに「お気持ち痛いほどわかるっス」って握手しに行きたいくらいだ。
しばらくしてくると、俺は段々しんどくなった。
だって好きな人が雨のように降らせてくる甘い言葉たちを、勘違いしないようにって思いながら受け取るのは至難の技なのだ。もういっそ、勘違いしちゃおうかな?都合よく受け取っちゃおうかな?って何度も心が傾いた。
「太一は本当に可愛いなあ」
「俺は太一といる時が大好きだ」
「太一は特別だからな」
こんな言葉を毎日毎日聞かされる。大好きな笑顔と大好きな声のオプション付きで。
ねえ臣クン知らないでしょ?「ありがとうっス」とか「俺っちも」って答える時、俺すごいドキドキしてるんだよ。いま何でもない顔で言えてた?心臓の音聞こえてない?俺の気持ちバレてないよね?って、一つ一つ確認しながら会話するの、結構大変なんだから。
そして大抵最後は臣クンが俺の頭を優しく撫でるのだ。俺はいつも胸が苦しくなって、なんだかちょっと泣きたくなって、好きって言いたくて仕方なくなる。
臣クン、俺が臣クンのこと好きって言ったらどうする?やっぱり困る?迷惑になるかなあ。臣クンは優しいから、俺の気持ちに応えられなくても「ありがとう」って笑ってくれる気がする。その優しさに甘えてしまいたかった。言ったらきっと楽になる。たった一人で抱えるには、この気持ちはもう大きすぎるから。
一度だけ、伝わっちゃうかもって思いながら、それでも勇気を出して言ったことがある。
「俺、臣クンといると楽しくて、幸せっス」
好きだよって心の中で唱えながら言った。はっきりそれを言葉にする勇気はやっぱり持てなくて、だからかわりに「幸せ」の言葉の中に想いをしこたま詰め込んだ。いつもみたいに笑えてるか自分じゃわかんなくて、だけどそれでも臣クンのことを真っ直ぐ見つめながら言った。心臓は壊れたみたいにめちゃくちゃな音を立てていて、油断したらほんとに壊れちゃうんじゃないかと思った。
臣クンは笑って「俺もだよ」と返してくれた。そのまま頭を撫でられる。大好きな手の感触を噛み締めながら、安心して、でもちょっと残念だなとも感じた。
想いは伝わらなかった。明日からも同じ日々が続くのだ。幸せであったかくて、おんなじだけ苦しい毎日が。
それからちょっと経って、ある日臣クンから好きな人がいるということを告げられた。その人を想いながら、いつも写真を撮ってるのだと言われた。頭を思い切り殴られたような衝撃だった。臣クンはそれから、俺を撮っている時でさえその人のことを想っていたと告げたのだ。
どうして臣クンは俺にわざわざそんなことを言ったんだろう。考えて、すぐ答えが出た。俺の気持ちはとっくのとうにバレていたんだ。でも応えられないから、俺に告白される前に俺を振っておこうと思ったんだ。お前のことを考えてる隙間なんてないよって、諦めてくれって、臣クンは言いたいんだ。
信じられないと思った。ひどいと思った。レンズの向こうにいる俺のこと、勝手にその人に塗り替えて撮ってたんだ。それを俺に面と向かって言えてしまうくらい、俺の気持ちはどうでもいいんだ。俺が今の言葉でどれだけ傷つこうが、臣クンにとっては大したことじゃない。俺の気持ちは臣クンに届かない。臣クンがシャッターを押す度に想いが消去されていく。まるで俺の気持ちを撃ち殺す銃弾みたいだと思った。
臣クンはひどい人だ。ほんとにひどい。足元がガラガラ崩れていくみたいだった。
もう撮らないでほしいと伝えた。これから先臣クンといて、笑えるわけがないと思った。俺にとってそれは物凄く悲しいことで、大げさに言うと絶望みたいなものだったんだけど、でも臣クンは、俺を撮れなくなることも俺が笑わなくなることも別にどうでもいいに違いない。
そのあと「ごめんな」という言葉をもらった。「応えられなくて」「うまくやれなくて」「勘違いさせて」…。どれに対して臣クンは謝っていたんだろう。
その日の夜は、トイレで泣いて、風呂場で泣いて、廊下で泣いて、部屋の前で泣いて、ベッドの中で死ぬほど泣いた。
片想いが終わらされた日だった。
それから毎日、辛くて苦しくて仕方なかった。一人になると自動的に涙が滲んだし、泣かない日なんてなかった。でも誰にも迷惑かけちゃいけないと思って、それだけは護らなくちゃと思って必死だった。必死だった甲斐もあっていつも通り笑えてたと思うし、臣クンへの態度も不自然じゃなかったと思う。
あれだけひどい振られ方をしたのだから、いっそこのまま嫌いになれるんじゃないかとも思ったけど、結局全然だめだった。朝起きて談話室へ向かい、キッチンに立つ臣クンの姿を見るたびに好きだと思ってしまう。学校にいる間は臣クンのことを考えてしまう。帰ってきて臣クンに会えたら「やっと会えた」と思ってしまうのだ。
どうしてやめられないんだろう。告白することさえ許してくれなかった相手なのに。これ以上想ってたって意味がないのに。
毎日がしんどくて、泣かなくて済む日が一向に訪れなくて、誰でもいいから助けて欲しかった。こんな時臣クンが頭を撫でてくれたら、今までだったら一発で元気になってたのに。
そこまで考えて、ああ、と気付いた。そういえば臣クン、俺に触らなくなったね。態度は今までと変わらないけど、少しも俺の体に触れてくれなくなったね。そうだよね、また勘違いされたら面倒だもんね。自分のことそういう目で見てる奴のこと触りたくなんかないよね。
…そうかあ、俺もう臣クンに頭撫でてもらえないのかあ…。
耐えられないと思った。そんなの無理だと思った。今度こそいよいよ心が壊れてしまう。ねえ、臣クンが俺のこと好きじゃなくても全然構わないから、これからもそのままでいいから、他に好きな人がいていいから、臣クンとその人の幸せを邪魔するようなこと絶対にしないから、お願い臣クン。大好きなその手を、たまにでいいから俺にもちょうだい。俺から取り上げないで。お願い。臣クンお願い。
泣かないで伝えようと決めていたのにだめだった。途中から声が震えてしまって、それに自分で気づいてしまってからは堪えられなくて、視界がグチャグチャになるほど泣いてしまった。俺はその日、大学から帰ってきた臣クンに「また頭を撫でてほしい」と懇願したのだ。
あーあ、重たくならないように明るい感じでお願いしようって思ってたのに。臣クン心底困ってるだろうな。俺、困らせたくて言ってるんじゃない。そんなつもりないんだ、信じて臣クン。
臣クンがそのあと沈黙を破ったんだけど、その時の言葉の意味を俺は全然理解できなかった。
「俺の好きな人を紹介していいか?」
臣クンは俺にそう言ったのだ。
なんでそんなこと言うの?それ今じゃなきゃだめなの?ああ、どうにかして俺を打ちのめしたいのかな。もしそうなら臣クンは本当にひどい人だ。
…いいよ、別に。今更なにをされようが、これ以上悲しい気持ちになることなんてないんだから。
「臣クンが、そうしたいなら」
答えた俺に臣クンが見せたものは写真だった。デジタルカメラの液晶パネルに写るその写真には、どこからどう見ても俺が写っていた。
×××××××××××××××××
「…太一?」
俺の髪をとっくの昔に拭き終えた臣クンが俺の顔を覗き込む。何度も呼んでくれていたんだろう。全然気づかなかった。
「あ、ごめん!臣クンありがとうっス!」
臣クンのあぐらの中に座り背中を預けていた俺は、そこで回想にふけるのをやめた。
髪の毛はしっかりタオルドライされていた。臣クンの手つきは最高に気持ちいい。これをされると三回に一回くらいの確率でウトウトしてしまう。
「…なに考えてたんだ?」
臣クンが役目を終えたタオルを脇に置いて尋ねてくる。後ろから俺の顔を覗き込んでくる臣クンの表情は、いつもの優しい顔にちょっとだけ意地悪を上乗せしていた。
「…んーん、なにも」
なんだか素直に言えなくて咄嗟に隠した。だって正直に言ったら、説明してる途中で泣いてしまうような気がしたから。
臣クンの好きな人は俺だった。
ひどいと思っていた臣クンのあの言葉は、俺への告白だったのだ。そして臣クンもあの時俺の言葉を聞いて振られたのだと思ったらしい。お互いに同じ気持ちだったのに、俺たちは同じ勘違いをしていたのだ。
そしてあの日から数週間。夢みたいな毎日が続いてる。
臣クンを好きだと思っていていいこと、それを伝えてもいいこと。俺にとってはそれだけでもすごいんだけど、信じられないことに臣クンも同じ気持ちで俺を想ってくれているらしい。正直、嬉しいとか幸せとかそういう言葉では片付けられない。大好きな人に「好きだよ」って言われて「俺も」って答えたらキスをされる。そんなの、奇跡以外の何者でもない。なんていうか有り得ない。でもいくら頬をつねってみても朝を迎えてみても、この夢は醒めない。ああ夢じゃないのか。そっか…う、うわー…マジッスか…。
臣クン大好き。ほんとに大好き。臣クンが俺のこと好きなんて、俺いまだに信じらんないよ。頭のてっぺんからつま先まで臣クンのことを考えてる。毎日泣いてたあの時の俺に、今の俺たちを見せても信じないだろうな。
つらかったね。いっぱい泣いたね。想いは報われるんっスよ。だから大丈夫。
胸いっぱいに幸せを噛み締めていたら、やっぱり目頭が熱くなってきてしまった。いま口を開いたら絶対泣いてしまう。
「…内緒ごとかあ」
臣クンは短く笑ったあと俺の顔を自分の方へ向かせて「妬けるなあ」と言った。
「俺には言えないことか?」
「え、ちがうっス!そうゆうんじゃなくて」
「ん?」
そこからは、キスをされて、唇が離れたら見つめられて、またキスをされての繰り返しだった。臣クンの手が俺の耳を撫でる。耳はダメって何回も言ってるのに、臣クンは「うん」って答えながら全然やめてくれない。
「…誰のこと考えてたんだ?」
「…だ、だから…」
臣クンは案外ヤキモチ焼きだ。優しい顔と優しい手つきのまま、いつもこうやって俺をちょっとずつ追い詰める。寮内で誰かと楽しく話した時とか、二人きりになってから「なに話してたんだ?」って優しく聞かれる。最初は俺の勘違いかと思ったけど、この前臣クンに抱きしめられながら「このまま太一を閉じ込めておけたらなあ」って言われて、ああ勘違いじゃないんだと思った。臣クンにこんな一面があるなんて知らなくて、俺は少しビックリした(そのあとすぐ解放されて「俺なに言ってるんだろうな、ごめん」って謝られたけど)。
臣クンにこうやって追い詰められると、決まってうまく言葉が出てこなくなる。臣クンの手が、俺に向ける眼差しが、俺の声をどんどん奪ってしまうのだ。
…臣クン大好き。ヤキモチ妬いてくれるの嬉しい。かわいいとか愛しいとかいろんな気持ちが沸き起こって、そのあと最後に、ちょっとだけ興奮してしまう。俺、臣クンにヤキモチ妬かれるの好きだ。…追い詰められるのも好き。言えないけど。
「言わないと離してやらないぞ」
「…」
離してくれなくていいに決まってるじゃないっスか。頭の中ではすんなり答えられるのに、やっぱりうまく声にならない。かわりに訴えるようにして臣クンを見つめたら、何故だか「はあ」とため息を吐かれてしまった。
「…太一には敵わないな」
掠れるような声で言われて、後ろから力いっぱい抱きしめられた。臣クンの匂いを肺いっぱいに吸い込んでから、そういえばお風呂上がりなのはラッキーだなと思った。今ならいくら匂いを嗅がれても大丈夫。大好きな匂いを嗅ぎながら安心して目を瞑った。
「なあ、まだ言えないか?」
耳元で言われて、思わず体が小さく反応してしまった。臣クンの声は厄介だ。心地いいのに、油断してると脳みその深いところまで突然入り込んでくる。
「…臣クンのこと考えてたっス」
「ほんとに?」
「ほ、ほんと!」
「なんですぐそう言ってくれなかったんだ?」
「…それはその…いろいろ事情が」
「事情?」
後ろから覗いてくる臣クンの目が俺を真っ直ぐ射抜く。そんな目で見られたら困る。…のに、もっとってせがむみたいなこの気持ちは一体なんなんだろう。
「…臣クン大好き…」
こぼれるようにして出てしまった自分の言葉にハッとなる。ち、違う。俺いまそんなこと言いたかったわけじゃなくて。まるで会話になっていない俺の呟きに、臣クンは目を見開いてみせた。
「…まいったなあ」
臣クンはそれだけ呟いてから腕をほどいた。振り返ると手で顔を覆っている。
「ご、ごめん臣クン、俺っち話聞いてなかったわけじゃなくて」
「…うーん」
手を顔からどかして臣クンが俺を見る。困ったようなその笑顔は、ずいぶん赤く見えた。
「今のは本当にずるい」
それだけ言って臣クンは立ち上がる。タオルを拾ってから「洗濯物に出してくるよ」とだけ言って部屋を出て行ってしまった。
一人残された俺は、臣クンの体温ともらった言葉をなぞりながら、やたら慌ただしい心臓の音を聞いていた。
「…こんなんじゃ心臓もたないっス…」
臣クンの方が100倍ズルイくせに。俺の悪態は溶けるようにそのまま消えていく。
臣クン大好き。何考えてたかちゃんと話すから早く戻ってきてね。
…途中で泣いちゃったら、ごめんっス。